カウンセリングへ。かいつまんだ自分年表と家系図をカウンセラーのYさんに見てもらった。やりとりしながら家系図にあれこれ付け足していくうち、Yさん曰く「いままでで一、二を争うすごさだなあ」「私がお坊さんだったらこのみんなを供養しましょうって言ってますよ」「だって幸せそうなひとがこの中に見当たらないでしょう」「(年表も含め)情報量が多すぎてこの場ではなんとも言えない」。ひとさまの家系を聞く機会がないからじぶんのこれはけっこうあかんやつだろなとは思っていたけれど、予想以上の煮こごりみたいになっているわけね。この負の連鎖や継承の中で苦痛の極まっているじぶんが構造を掴み連鎖を止めようとしているわけで、それが目的ではないにしろ、励まされるところはあるよ。次回は療法の二回目。知識を仕入れておこうと思ってそのへんを伺うと、それはよくないのでぽけーっと気楽に過ごしてください、とのこと。それについて考えることが傷を開いたり深くしてしまうからだそうで、なるほど。前回と同じところをやります、範囲を変えたり広げたりはせず、そこの苦痛をどんどん下げて1や0といったレベルにしていく、2~3回でしょうね、とのこと。うちでやっているのはよく効くから回数はそんなに要らない、だそうな。そんなわけで適当に過ごそう。BlueskyのTLに金木犀の香りの話題がちらほら。このあたりでも香りはじめていそうだけれど、車に乗ってると外気のにおいと距離ができるなー。まあでも、しばらくはのんびり適当に。
2026年9月16日(水)
歯の治療と流感のワクチン接種。
2026年9月15日(火)
NPOさんで面談。本を読む。
2026年9月14日(月)
なにごともなく。家系図を簡単に書き出したり、Exelで過去のできごとを簡潔にまとめているうち、日付が変わった。ここにつけている雑記を含めて、じぶんはそこそこ記録がまめなのでは。おかげでその年ごとの変化や推移がなんとなく掴めるのはよいね。カウンセラーさんに流れを把握してもらおうと思ったのだけれど、精神的/状況的な推移って覚えていることは案外おぼろげで、その推移を記録から改めて把握しておくのは大切。愛着と記憶の傷に対処していく以上、系譜や来歴、時間軸といったものが治療に示唆をくれるかもしれない。とりあえずということで、岡田尊司『愛着障害と複雑性PTSD 生きづらさと心の傷をのりこえる』(SBクリエイティブ)へ手を伸ばした。もう眠ろう。
2026年9月13日(日)
なにごともなく。煮詰まった気分を見つめていて、すきなことはいろいろあるじゃんと思ううち、風が通るように気分に色が戻ってくる感覚があった。『エストニアの聖なるカンフーマスター』を観たり。
2026年9月12日(土)
Sさんのギャラリーや各喫茶店を回り、案内はがきの回収とお礼をしてきた。帰ってきて夕餉を終えたころぐったりして、おふとんでだらだらするうち日付を越え、この時間。日中は動けたものの気力的に無理したぽい。そして現時点で、このレベルで疲れると気分のしんどさも顔を覗かせる感。トラウマ記憶の数々にアプローチして処理したことで苦痛がかなり緩和されたことを鑑みるに、疾患の症状が取れ次のステージとして現れていたのは複雑性PTSD、ということで部分的にでもそう扱ってよいのかな。診断は医師がするものだろうし、例えじぶんでもそう簡単に判断はしないだろな。診断や判断をしなくても対処できればそれでよいのだし。ひとまず知ることに問題はなかろと思い、ごろごろしながらその手の書籍をAmazonでポチった。知識を仕入れるよりセッションが進むほうが早いかもね。あまり書くという感じでもないから切り上げ。
2026年9月11日(金)
なにごともなく。あたまがネガティヴ思考のループへ入っていかないなー、ということを感じていた。入ってはいかないのだけれど、そちらへ引っ張りたがる力はまだ働いているようで、未処理のまま凍りついているトラウマ記憶はまだたくさんあるだろうし、ひとまず苦痛のレベルが一気に落ちたことでなにか起こるのかなといったところ。このあたりはデフォルドモードネットワークやマインドワンダリングといったもので捉えることができそう。んー。こうして思考を探るのもそれはそれでエンジンの空ぶかしのようで、脳機能に楽をさせたかったら眠れば? という。それが正解のようね。おふとんへ。
2026年9月10日(木)
朝からカウンセリング。EMDRの個人的発展形となる療法、の一回目を受けた。凍りついたままトラウマとなっている記憶を連想によって引き出し、その感覚をイメージ化、両側性の刺激を入力し、活性化した記憶と感覚をそれにより処理し、ポジティヴな感覚を刷り込み、体感を数値化して評価、正確ではないだろうけれど大まかにはそんな流れ。これらが脱感作とのこと。記憶を引き出す作業については、じぶんの場合は多すぎるし強いとのことで、ひとまずきょうできる範囲にアプローチした。80分枠のはずが130分かかった……。それでうちへ帰ってきて過ごしていると、ネガティヴ思考やその反芻、ここで呪詛と表現してきたものが起きない。んー。ありがたいけれどこんな即座に効果を感じてよいのかな。よさそうね。Webの情報をざっと流し読みすると、眼球運動を用いるEMDRでは複雑性PTSDに対してやや効果が薄いことや、こうした療法は基本的に8~12セッションかけて効果を期待するものみたい。多くは言及しないけれど、今回受けた発展形の療法は、確かに耐性の窓へ入れるだけのことはしたぽい。取り出したトラウマ記憶を解凍したうえで適切に処理しポジティヴな感覚で上書きする、というプロセスがうまく走るとしんどさから解放されるのだな。外科的な手順と似たところがあるし、きちんとした施術者にお任せする必要があるわけね。長らく苛まれてきた苦痛が配線を取り払うようにこうも軽減されて、なんというか、医療において適切なことを行うということの強力さを感じる。じゅうぶんに楽になるまで面談と療法は繰り返すとして、地味に転機なのだろなこれ。苦痛はシングルタスクらしいから、もしなにかが解決したならその次に控えているものが顔を出すはず。うちへ帰ってくる前に梨園へ立ち寄り香水をいくつか買った。ギャラリーのSさんなどへお礼がてら持っていく予定。
2026年9月9日(水)
なにごともなかりし日。
2026年9月8日(火)
雨の日。歯科へ通ったのみ。夜は栗をむいてお茶を淹れ、雨音を聞いていた。流感が早くも流行期に入ったようで、耳鼻科からも予防接種可の連絡メールが届いたため、接種の予約を来週に入れた。モニターを前に書くこともなく過ごしてしまうときは書く必要がないとき。
