なにごともなく。悲しみや後悔はときおり心を掠めるくらい。夕方あたりから小雨。
2026年6月25日(木)
なにごともなかりし日。これから台風接近で小雨。宮崎光学のMS-Optics ISM 50mm F1.0が新古問わずどこかに入荷したら通知がくるようにした。ChatGPTにF1.1以下のレンズでじぶんの作風と合いそうなものを調べ上げてもらって、最終的にこのへんかなーとなったのがこれ。先日のTさんと微妙に被るね……することが違うからそれはよいよ。エクステンションチューブやヘリコイドアダプターをいくつか取り寄せ、手持ちのレンズたちと組み合わせてみて、おもしろいかもねとなったのがOreston 50mm F1.8をマクロ仕様にするかたち。これはトリオプランほどではないけれどボケが暴れる系譜で、ペンタコンの先輩に当たる。前に庭のマートルを撮った折は玉ボケの乱舞になったから、寄れるようにしたらおもしろそう。ただ晴れの日を狙う必要があるから、台風が通り過ぎるまでは手元で触っているだけ。それからChatGPTに、写真のシャドウがプロらしく品のある青緑に締まるような、トーンカーブだけ弄るLightroom用プリセットを指示して生成してもらったら、あまりにばっちりはまるものを出してきて、参りましたという感じ。ただ机の上の花をスマホで撮っただけの写真に適用してみたら、簡単に自分を超えるものをお出しされちゃった。まあでも予想していたことはその通りのようで、カラーグレーディングを弄るよりトーンカーブを直接弄るほうがリッチで丁寧な色作りができるし、できるひとはそうしているのだろう。定番の三点打ちでは雑で、六点くらいでやるといい感じ。さて、どうしたものだろ。じぶんは撮ったものを編集にかける際、色作りは毎回その場でいちから手探りでしてる。出来はぶれるし手間だけれど、そのほうが遊びでおもしろいし、それで続いてはいるんだよね。作品作りということでいうならこれはじぶんにとっては正解。ただ、じぶん用のプリセットを作ったらあとは編集はそれに任せて、身の回りのものをたくさん撮ることに専念すべし、というとあるプロの言っていたこともまあわかる。とりあえずChatGPTに生成させたトーンカーブのプリセットをベースに、じぶんの日常用の基本色はつくろう。あとで。それを適用するときでも上乗せする色作りはカラグレでできるから。雨の音を聞きながらのんびり。
2026年6月24日(水)
なにごともなく。
2026年6月23日(火)
だらだらと過ごした日。日曜は夕方ごろに、写真家のKさんのお宅がある高原の奥地へ。五年かかったとは仰っていたけれど、よくこんな瀟洒な別荘らしさに満ちた家をセルフビルドしたものだなと思う。メインのお客であるもうひとりの写真家のTさんともご挨拶して、その日は食事も含め夜二時までお話を伺ったりしていた。Tさんは一眼カメラのボケそれ自体を愛でるジャンルの第一人者で、こちらと同じく花撮りということもあり、機材や作品をはじめとした話に。ボケを弄るために収差コントロールの可能なレンズを使っていらした。135mmのDCニッコールと、もうひとつが宮崎光学/MS-OpticsのSONNETAR 50mm F1.1という、これも収差コントロールのできるレンズ。一見、検索しただけではその収差コントロールについての情報は見当たらないから、よほど情報収集されているらしい。見てびっくりしたほど小型なのに大口径の明るさで、職人がひとりで作っているブランドのレンズだそう。これにエクステンションチューブとヘリコイドアダプターをつけて撮っているとのことで、その機材を触らせていただいた。びっくりするほど大きなボケが出る。シルバーメタリックで、小ささとシルエットがとても可愛らしい。プロともなるとこんな知る人ぞ知るようなレンズにまで目を利かせているのか……。こちらがライカの50mm F1.0について考えていることを話すと、ライカが魔界であることを伺った。ライカのレンズとボディで揃えて撮れば、ライカらしい素晴らしい画が出てくるけれど、それがよいとなればいくら個性を持った撮り手でも撮って出しで満足するようになりがち、ライカの画に呑まれる、とのこと。プロでもそうなるそう。それは困るけれど、どうだろ。お二人が属している業界や団体のことなどいろいろ話題はあったのだけれど、ひとまず二時ごろ就眠とし、月曜となった翌日も朝ご飯をいただいてから昼まで三人で雑談してお開き。そのあたりはきのこが豊かとのことで、山ほど採れたコウタケの写真を見せていただき、旬にはきのこ採りにきますとKさんと約束した。うちへいったん戻ったあとは駅へ向かい、新幹線も使って都内の恵比寿へ。そこで展示をされている作家さんの作品を拝見した。そのあとごはんを食べに近隣をうろうろし、カプセルホテルで一晩過ごしたのち、火曜日のきのうに帰途。杢のことで気持ち的にはあいかわらず沈んでいるところもあったはずなのだけれど、忙しさがあると感じているひまがない、というのはあるね。疲れることだからもうやんないけれどさ。夜の街を歩いたり電車からの街並みを眺めつつ、都市は孤独でむなしいと思った。一見賑やかで活気があるけれど、人間と構造物しかいない。ほかの生きものに許された領地は鉄道脇の葛が茂るようなわずかなやぶばかり。これはじぶんの感じかたの話なのだろう。街暮らしが肌に合うひとにとっては、緑が豊かというのは娯楽や人工物がないからなんにもない土地、ということになるのだし、自分はその逆で見ているという。とくになにか論じたいわけではないから、それはそれでよいよ。でも、人間べったりな都市空間は余白がなくて、じぶんは長居できそうにはないな。そんなことを言いながら、金曜か土曜あたり、歌舞伎町のとあるバーへ行ってみたい気がしている。それはそのときに。
2026年6月20日(土)
だらだら。日がな雨。もうきょうだけれど、知り合った写真家さんのお友だちがそちらのお宅へ泊まりにくるということで、じぶんもそこへ招かれてる、というかお友だちも写真家さんということでこちらから食いついたのだった。知り合ったというのか、知人なのか友人といってよいのか、こういうの不慣れだな。不慣れということで言えば招かれたり紹介されることが不慣れ。おふとんでだらだらしているうち最低限のタスクはあすへ回すことに。それから旅の帰りに鳥取の本屋さんで紹介していただいた件で、その作家さんの月曜夜の作品展を見にいくのに、都内への切符と宿を予約した。庭のくちなしは苗を買ったときには八重の小くちなしという扱いだったのだけれど、どうやらこれ、ふつうのオオヤエクチナシに矮化剤を使って小さく仕立てていたのでは、と思える。それもわりと前から。新たに伸びた枝たちは枝ぶりよく葉も大きいし、それなりな株になった木も立性で背丈くらいあるし、花の直径も測ると7cmくらいはある。まあね、ほしかったのはオオヤエクチナシだよ。ほかの大苗がWebに見当たらなかったから八重の小くちなしで手を打ったわけだけれど、結果的にこれでよかったみたいだ。もう立派な株なのでオオスカシバの幼虫がつこうと食べ尽くされる心配はなく、余裕で花を愛でている。のだけれど、咲く前のつぼみにたぶんアザミウマが群れており、花弁が開いたとき若干茶色にくすむのだよね。それが写真に撮ったとき目立つ。ベニカスプレーでも吹いておいたほうが眺めるぶんには気持ちよさそう。それから、株の下から枯れてきてしまったローズマリーとその周りに手入れして、園芸土と堆肥も足した。元々は立派に育っていた株なので、周りにほかの植物が茂ったことで風通しに影響が出た結果として枯れ始めたのだろう。たしかに周りにはクレマチスのサマースノーの蔓や大きくなったコモンセージ、そして雑草など、蒸れるかもねというくらいにはあれこれ茂っていた。そうはいっても、強健だと思っていたローズマリーが周囲のこうした環境の変化に対して枯れ始めるという形でもの申すのは、なんだか意外というか、ああ君それはほんとにやなんだね、という。あと今年はマートルが咲かないのかもしれない。木をよく見ていないで書くけれど、冬場の寒さが堪えたかリン酸不足か。このあたり地植えの北限のはずだもんね。そのマートルの株元にジギタリスがわっさと葉を茂らせていて、この植物はわりとすきだな。いや、かなり。こぼれ種で増えていつのまにかそこにいる、株と葉色の存在感も、咲いたときの庭への彩りの寄せ方も、なんていうのか気立てがいい。そういえば今年は三色すみれを見ていないような。じぶんの目が探さないだけかもしれない。こちらもそこにいるとほっとする種族だけれど、種を蒔かないと顔を見せてくれないなー……。ここ二、三年の庭への没交渉が地味に形となって現れているから、なんとかしたいんだけれどね。回り道に見える基本的なことから立ち上げていこうね。まとまりもなくだらだらと書いているといつまでも書けるような気がするけれど、日中へ回したタスクもあるし、眠たいのに気がついたし、こうしたときは眠ったほうがよいしるし。
2026年6月19日(金)
例の居酒屋なタイ料理店でスパイシーなチキンと空心菜の炒めものを食べた。ヤムウンセンなどテイクアウト。夜更かしをしてまどろんでいたらこんな時間。おふとんへ。
2026年6月18日(木)
ガス工事の方がきて二階のガス台を使えるようにしてもらった。そのあたりを使えるようにと、ホームセンターやニトリを回って必要なものを買いそろえる。庭のローズマリーが痩せて劣勢になっているから手を入れた方がよさそうだ。わりと摘んで飾るもんね。日の暮れるころには散歩とそのあとの長湯。ポケGOがマンネリしてきたため位置ゲームでなにかをと思い、試みにピクミンブルームを動かしてみた。花を植える、だとシンプルだね。続くか分からない。四月からこっち過酷だし、先を焦らなくてよいからね。
2026年6月17日(水)
午前中は通院先で一時的な眠剤などの処方を出してもらった。夕方になり、気分転換のドライブと散歩、そのあとの長湯をそれぞれ一時間強ずつ。辛くて苦しいのは、悲しみの負荷を身体が脅威と判断して感覚を内側へ閉じさせているから、そのうえで感情は内側から溢れるものなのでその状況だと風船のようになるから、と思った。悲しみは閉じるより開いたほうが気持ちとして流れやすくなる。それで午後以降は身体の感覚を開くことに意識を向けて過ごして、それが奏功したみたい。感覚が閉じる/開くというのはなんとなく体得的にできる。Radio gardenでタヒチのラジオ局の音楽を聴いたり、車を運転して風を浴びたり、そんなことをしているうちに身体が歩くことを求めているのを感じてそのように。感覚が開いていくときには風に土や木のにおいがすることや、日差しの強さに反して物陰の涼しさが心地よいことを感じ取った。きっとしばらく悲しいだろう。そのようにあってほしいと望む気持ちもある。あす午前中にガスの工事。
2026年6月16日(火)
日曜日の朝に仔猫の杢が亡くなった。急に容態が悪化して帰らなくなった。辛くて悲しくてやりきれない。喪ってから悲しんだり後悔するなんて馬鹿みたいだ。その日は曇りで、月曜には雨が降り、火曜のきょうはまぶしいほど晴れた。その眩しさにこころが反発してざらつくのを感じる。杢がきてくれて、今度こそもっとうまく愛せる、そう思ったのに、そうはならなかったんだよ。土曜日はふたりで部屋で過ごして、そのときいちいち背中を向けて寝てくれたんだった。でも。けれど。庭のくちなしが咲きはじめているのを見つけて手折ってきて、机の上に活けてから、こんなときでも花を飾る、と思った。花が咲くのは誰の都合でもないからだ。あるいは花の美しさがじぶんの感情に輸血してくれているのかとも思ったけれど、輸血し損ねた杢のことを思うとそんな発想には胃がむかついた。きょうは溜まっていた洗い物や散らかったものを片付けて、身の回りをすこしすっきりさせた。生活に支障が出ているから、あす通院先へいって一時的に眠剤と安定剤を出してもらおう。悲しみは突然やってくるし、時間が経てば和らぐことも軽い吐き気がするくらいそう。しばらく立ち止まったりしゃがんだりして過ごすことだけを考えればいい。この悲しみが残された杢の輪郭のように思えて、これを手放すことも抱え続けることもつらい。怒り以外の感情が水のように淡いじぶんがこんなに悲しんだり後悔するなんて、どこにそんな感情の出処があったのかと考えて、そんなことをこんな形で知るなんて具合が悪くなる。泣いているじぶんを俯瞰しようとする思考も鬱陶しい。この三日間はだいたいおふとんのなかでぐったりしていた。うちの仔たちが如実に痛みを和らげてくれていることを感じて、身体とこころを預けるように過ごしてる。いまは考えなくていい。身体が受け止めるのを待つほかにどうもできないからだ。ほんとうに、喪ってから悲しむなんて愚かだ。夜闇の向こうからふくろうかみみずくらしき声が聞こえる。そんなことに気がつくくらいのゆとりは戻ってきたということでもあるし、ものごとがこちらとなんら無関係だということもでもある。なにを見るにつけてもその無関係さを読み取って、痛みを感じたり気持ちが和らいだり、そんなことばかり。書くよりも眠ることで癒やしたほうがいい。眠れるかわからないけれど。
2026年6月13日(土)
おもては晴れており、猫と部屋で過ごした。夜更けになってから、鳥取は湯梨浜の汽水空港で購入した本の詰まった段ボール三箱を車から積み下ろし、部屋へ持ってきた。やっと。いい本ばかり手に入れた、必要なものもあればあこがれるものもある、と背表紙を並べつつ思う。ZINEもいろいろ。ここから一週間ほどはたぶん、ひとと会う機会が続く。無理しないでよいよ。ひととの交流に気を遣わないということにも洗練があるものだし、言うなら要る。ひとまずあすは夕方の撤収を済ませたらそれでよし。
