2019年11月20日(水)

風が強かった夕暮れの空に、虹の七色を含む全ての色彩が宿っていた。橙も緑も薄紫も。日没とは反対側の空に見えていた地平に接する青空と、その少し上部に見えた藍色から桃色の領域、あれはもしかして、それぞれ地球影/ビーナスベルトと呼ぶのだろうか。ビーナスベルトに関しては「朝焼けや夕焼けが反対側の空にまで投影されているもの」という理解でよいみたいだ。都市部であれば高層建築が地平を遮るから、こういう仰角低めな現象は認識しづらいかもね。ものごとって名前がつくと世界観が広がるものだなー。

以前にも書いたこととして、矢野顕子さんの『クリームシチュー』(作詞:糸井重里さん)が心に響き渡る。個人的に糸井さんはTwitterの「冷笑的な人は……」発言で僕の心にくびきを残している人なのだけど、この音楽に関しては文句の付けようがない。というか勇気づけられた部分がある。冒頭の『傷つくことはとても痛いけど 傷つくことは怖くはないんだ 激しい雨が降る夜は 晴れた朝の空をかくしてる』が本当に心に残った。

買ってきた屋内履きのジャージをちくちくと裾上げしてるときの妙な生活感はなんだろう……。

2019年11月19日(火)

ほんとに那須颪が強い。只見や尾瀬の深い方角からこちらへ向かって、那須連山に波濤のような冬の雲が打ち寄せていた。これからの季節、あの雲の下にある塩原は寒く閑とした印象があるけれど……高原山の裏手のスキー場には、ウィンタースポーツを楽しみにする来訪者が数多いそう。それにあの谷は温泉郷だものね、凍り付く季節でもくつろぎを求めて旅行者はやって来るはず。安心してさみしさを心地よさに変換できるような。

桜の樹皮でできた小さな茶さじが手元にある。加工しやすい竹でクリップぽいお香立てを作り、そのさじに組み合わせたら、いい感じのインセンスホルダーになるんじゃないかなーと画策してる。お香の軸周りが炭化することを防ぐために3mm径の鳩目が要る。あとで手芸店に寄ろう。竹はなー、祖父からもらってきたものが部分的に虫食いにやられていて、ちょっと美観を損なう。青竹の手に入るルートはないかなあ。こうした自己満足性の強い、いくら時間を掛けても構わない生活上のひと品みたいなのは、計画を抱いていると日常が楽しいかもね。

かつて写真講座(ごく初心者向けだった)を受けていたときにお薦めされた書籍をいまさら思い出し、Amazonの古本市場で取り寄せることにした。大竹昭子『眼の狩人』(新潮社)という、14名の戦後写真家の軌跡が書かれているそう。

2019年11月18日(月)

オーシャンズ8を観た。食指が動いたレビュー「ダサいこととかクサいことを誰もやってなくて、純粋に自分たちの能力だけで仕事をやる姿がセクシーでカッコよかった」の通り、見終えたあと爽やかになれてよかった。この作品はシリーズ映画の3作目なのだとか。登場人物の一人ひとりに落とし穴みたいなツボがあった中、『2年で1800万ドル使った』ローズがとりわけダメ人間そう&生徒からの信頼が厚い国語教師みたいでおいしい。それと、フランス語がめんどくさいひとたちの言葉として使われていたのは、あちらでもそういう認識があるんだろうか。

前からここへ書いていた、春に菌駒を打って椎茸の菌が回ったほだ木を五本、祖父のところからもらってきた。母は紆余曲折あって彼女の親である祖父に確執を抱いているのだけれど、きょうは僕を含め三人で普通の雑談をしていた。いがみ合うことをやめようとしてるのかも知れない。椎茸のほだ木は寒さを経験したらきのこが出るらしく、ひとまずうちの整然とした木陰に並べてみたところ。

十日前にやってしまった腰がほんのり痛む。里芋の入った箱を持ち上げようとして、ごきり、という音が脊髄に響いたのを、痛みはないから放っておいたのだった。基本的に姿勢が悪いのかもなあ。こういう身体の痛みって冬場は治りにくい気がするよ。ストレッチを検討する。

2019年11月17日(日)

祖父宅にて、僕が錆び付かせて使いものにならなくしていた肥後守と共柄切出を、砥石で研いでもらった。そのあと帰宅して部屋を掃除し始める。日付の変わったいままで掛かりようやく片付いた。シーツの洗濯ばかりは明日でよかろ。年末はゆるく埃でも掃い、のんびり窓を磨いて暮れていくのだ。

2019年11月16日(土)

大晦日ぶんまでの部屋の掃除をやったものかとか、今年は年賀状を出すつもりなのかとか、そういうことを考えるようになってきた。もう秋も終わるね。

2019年11月15日(金)

市の選挙はきょう済ませた。週末は寒そう。

スター・ウォーズ/エピソード3を観た。ジェダイたちが反乱軍となり、共和国が銀河帝国へ変貌した物語。場末のサイトだしネタバレは気にしない。エピソード1を観たときに気になっていた、アナキンが執着しているテーマと思われた「母との再会」は、もっと具体的に書くなら「愛するものと別れることへの怖れ」だったんだなー。パルパティーンの「これが初めてではあるまい」が導線になっている。裏切られを口にする人物の孤独と、本人こそが裏切っている周囲の思いのことを、卑近な例とともに思う。なんかしれっと登場してるチューバッカは彼の部族の生き残りになってしまったのだろうか。今さら思うこととして、親子三世代ものって物語として美味しいというか、構造が骨太で秀でているような(身近な作品で申し訳ないけれどサガフロンティア2やジョジョの奇妙な冒険とか)。ダース・ベイダーが完成したしるしとしてのあのマスクの呼吸音が、もう一切の取り返しはつかないのだという冷たい思いがして、ひどく悲しかった。勝手にネタバレを食らって予想はしていたものの、彼の妻パドメから双子へと物語の未来が受け継がれたこと、それだけが現時点での希望として映った。ひとまず、ねじれ構造だった旧三部作と新三部作の整合性は取れた。ここまで見終えたことだし、次はスピンオフ作品と続三部作だなー。

Twitterが狂気や危険性を可愛いらしくリファインして、なにもかもを安全で取り扱い可能なものにしていくのは、それらを過剰な脅威として扱うのと同じように、個人的には不健全に思える。名無し掲示板の大喜利文化が全てを卑小化していった流れと似てるもの。

2019年11月14日(木)

吹き飛ばされそうなくらい強かった那須颪は宵のころにぱたりと止んだ。明日以降に寒気が降りてくるらしく、北日本では吹雪くところもあるそう。

夕暮れの買い物途中に、日の沈んだ西空が微細な色彩をまといながら黒く染まっていくのを見て、眺めの良い高台へ立ち寄った。夕方の空に緑色した領域が現れるのは、空や気象の条件がとても良いときなのだけれど、そうした日も実際に見えている時間もほんのわずかだ。今日の空には、青から黄や橙へと移ろいゆく領域のあいだに、そうと見ればよく分かるような綺麗な緑色が乗っていた。地平線下に沈んだ西の太陽から南の上のほうへ、黄道を可視化するかのように金星──木星──土星が一直線に並んでいる。光の流れる市街を眼下に、大半が濃紺と黒に包まれ減光していく空を見ていて、ふと、その惑星の並んだ黄道のあたりが太陽系の巡る円盤のように見えた。空というものがただ色をまとってそこに広がっているだけではなくて、そこは剥き出しになった宇宙と直に繋がっている、惑星や恒星の運動もそこでまざまざと展開されている、自分たちはそういう空間の中に存在しているという立体的な感覚が、すっと心へ入ってきたように思う。眺めているうちに金星は地平線へ沈んでいき、ぎらぎらした赤い光はやがて見えなくなった。

買い物を終えた帰り道、今度は逆の東の空を見やると、缶詰の黄桃のような色をした月がちょうど山の向こうから昇ってきていた。こういうでかい月って見慣れないというか、目にするたびに小さな驚きがある。

2019年11月13日(水)

祖父宅にある椎のほだ木のうち五本を、あとでうちへ持ってくることになった。木の表面や切り口に椎茸のものらしい白い菌糸が広がってる。先の春、僕が祖父と一緒にこのほだ木へ菌駒を打ち込んでいたとき、存命だった叔父がその様子を見物しながら、ぶつぶつと冷笑してきたんだった。なにが生きてなにが死ぬのか、よく分からないな……。そのほだ木にはおそらく、この冬から春先まで椎茸が発生し、そのシーズンを数回は見込めるはず。なめこはまた追々。祖父が言うには、なめこは一度の発生量が多く収穫しても食べきれないため、自宅には置かないという。

2019年11月12日(火)

懐中電灯が要らないくらいに明るい満月の野辺を散歩。夜空もうっすらと光を放ち、そこに光を宿している大気の層があることが見て取れた。その光は空の縁から天頂へ、やわらかいドームのように薄くなっていく。最も暗くなる頭上にはより星が見えていて、その辺りが地上からの出口かなにかのようだった。こういうわずかな光は、昼間であれば青い空があるというように当り前のものとして処理してしまうから、地上と宇宙のあいだを満たす空気について認識するためには、とても条件のよい月夜だった。今夕の空に関連して、二度目のスターリンク衛星が打ち上げ後に光を反射し、銀河鉄道のように空を移動していく動画を見た。初回の打ち上げ後に天文界隈から「明るい衛星がたくさん空にあると観測に弊害が出る、困る」という趣旨の声明が出ていたから、今回はそうした対策を含めてなんらかの反応の記事が出てくると思う。

2019年11月11日(月)

スター・ウォーズ/エピソード2 クローンの攻撃を観た。全体的に不和と離反の形勢が強まるなか、アナキンとパドメのつながりがささやかな幸せとして映った。暗殺未遂に用いられた毒矢の三分割を基調としたフォルムは、のちのち登場する帝国軍の戦闘機(シータ級シャトルとかラムダ級シャトルというんだろうか)じみていて、長い戦争への手と息が、すでにその辺りからも伸びていたように思う。アナキンの母シミが絶命し、例の帝国軍&ベイダー卿のテーマが流れる場面、あれはきつい。あのエピソードの後でもなお彼を支えようと懸命なパドメの愛情深さを思う。それから、R2-D2はC-3POの命(というか頭部)の恩人だったんだね。よく首が飛ぶ人物だなー。このへんのやりとりはやれやれ感が濃くて、C-3POの言動がなんとなく気に入っている僕としてはそうした展開が美味しい。そして、のそのそしていたヨーダが指揮を執ったり剣を振るうと、的確で俊敏でとてもつよい……。エピソード2はこれまでの話に比べると、作品群を取り巻く共和国の瓦解という、政治的な脚色が強めに出ていたように思う。次のエピソードは新三部作の締めくくりだ。数日前に、視聴し終えた物語をWikipediaで確認していて、ヒロインの没年齢のネタバレをうっかり食らった。それがアナキンにとって悲劇でも、未来が次の世代へと受け継がれているとよいなあ。