午前津は皮膚科へ。夕方はカウンセリングで三回目となるセッションを受けた。EMDRの発展形で脱感作までひととおり。回復期以降の傷を扱う予定でもうすこし書き出してみたらいくつかに分かれたため、今回は親からの傷について。セッションが終わったあとは、なんとなく身体が心地よく感じることをしたくなり、その足でカラオケへ行き一時間ほど歌った。それから帰ってきて、散歩を2,3kmほどしたのちオフロで長湯、それからごはん。ゴンチチのベストアルバムがなぜかいまは心地よい、というのはくつろいでいられるしるしなのかもね。これ書いたら家の間取りについてまたぼんやり考える。
2026年10月14日(水)
大叔父と話した。ひとまずこれで当面はなんとかなることに。こうした不安が払拭されるというのはこころの安定に寄与するものだね……。居酒屋で食べるヤムウンセンをじぶんで作ろうと思い、材料を買ってきて夕餉に作った。春雨の量は思いのほか少なくてよく具材の多さが特徴なこと、居酒屋のあの味はたれ(ナンプラー/ライム汁/砂糖)をふんだんに使っているがゆえの味、などがわかった。テイクアウト時の袋を見れば分かるように汁たっぷりだもんね。それから肝心の辛さは居酒屋では生の赤唐辛子をもりもり使ってのことで、汗が顔から押し出されるようなあの辛さを干し唐辛子で再現するなら相当の量を使ってよいみたい。つくった初ヤムウンセンは春雨の分量を間違えたものの、これはこれでおいしい。ナンプラーとライム汁は惜しまず使える量のをあとで買おう。バンコクのレストランで食べたひんやり太めはりはりの春雨、原体験として焼き付いているあれはどんな春雨を使っているんだろう……。なんというか、当座の不安を免れたことでゆとりがあるというのは、さいわいなのだろな。夜は建てたい家の間取りを考えていた。片流れの平屋で床面積は100m平方メートル未満かつなるべく広く、お一人様の暮らしでよいけれど物置兼客室も小さめのを一つ、星見のため屋根の上に出られる構造があるとよく、居室と水回りを両側に分け、その真ん中に大きくリビングと開口部を取る、など。収納スペース/パントリー/玄関をどう取るかが思案中。現在の建築の流れとしては学習スペースは別個に確保したり、収納はさりげなく利用しやすい配置にしたり、知らなかった潮流がいろいろあるみたい。そして平屋は自由度が高めにつきいろいろ凝ったり工夫したりする余地があり、本を読んでいるといろいろな知恵があるなーという印象。じぶんの場合は人生の作品のつもりではないし、お求めに応じて安く済ませるために自ら建てるのであって、住まいの確保という自己需要を満たせることが第一だから、あんまり丁寧にしたりこだわり抜く必要もないと思うけれどね。土地の値段は郊外なら想定していた程度かなーという感触。場所によって相当のばらつきがあるようだということだけ把握。もう眠ろっか。
2026年10月13日(火)
社協と市役所へ。うちでは考えごとを紙に書き出して切り分け。悩みと問題は別もので、問題にひとつひとつ対処して手を打てていれば悩む必要はさしてないはず。悩みにじぶんの時間を奪われないこと、じぶんの感情や関心を邪魔されない時間を確保すること、難しいけれどリラックスできればそれが前へ進むために最も対処的であること。そして身体の感じを観察して気がついたこととして、ストレスで交感神経があまりに優位になっているときはなんというか、身体じゅうの皮膚からストレスが抑制されずに開きっぱなし/放出されている感じがある。皮膚の感覚を閉じるようにして交感神経の高ぶりを抑え込み、体内のアドレナリンやコルチゾールなどホルモン/感情の反応が一段落する数十分を待ってみると、気分もけっこう落ち着くんだよね。そのままオフロで身体をリラックスさせた。現状は逆境には違いなく、じぶんの領分を取り戻すために少しずつ手を打とう。こうしたときのいちばんの資源は気持ちのゆとり。じぶんがじぶんの味方でいられればなにかしら着地点は見いだせるでしょ。
2026年10月12日(月)
大叔父と話した。しばらくなんとかなりそう。打つ手は打ちつつ問題と自分自身の時間や関心、感情を切り分けること。
2026年10月11日(日)
また行きたいと思っていたラーメン屋へ。そのあと身体が散歩したがっているのを感じて近場の公園へ向かったところ、そこではお祭りが開かれ人だかりができていた。ステージ上のライブをしばらく応援したあと園内や河畔をうろうろ歩き、位置ゲーを動かしたり。うちへ帰ってきてからも追加で散歩をし、それから長湯。ネガティヴ思考のループが切れた感。EMDRを応用して日常生活へ落とし込めたらという思惑は、生兵法は大怪我のもととはいえ、基本をなぞるあたりであれば効果が見込めそうね。このまま眠ろう。
2026年10月10日(土)
各方面に状況の共有など。大叔父と話すことができた。三連休なので各所の窓口が閉まっているのが痛い。こんなときはセルフケアが必要だと思い、散歩と長湯をした。必要な手をじゅうぶんに打てているなら、心配や不安は余分なはずなのよね。求めていれば差し伸べられる手もあるでしょと思うことにする。
2026年10月9日(金)
またトラブルに直面したという認識。相談できるところに話を通して、どうなるかわからないけれど対処的に行動すること。
2026年10月8日(木)
眠りすぎて起き出したのは昼過ぎだった。悪夢を見て中途覚醒したころよりはよいのかな。夕方はカウンセリングへ。二週間ぶりでチューニングするような雑談のほか、次回の面談をセッションにするための下準備など。前回のセッション以来の変化でうさぎのじぶんとの距離感について話したり。二年前に自己を複数化して以来、その子たちに対していまのじぶんが親になるよと約束したわけだけれど、定位置だった膝の上にうさぎの子の存在を感じなくなってもどこかそのへんですきにしているだろうという感覚は、ありていに言えばその子とは親離れ/子離れできた状態にあたるとか。じぶんの中で健全な愛着/安全基地/親子関係が成立したというのは不思議というか、一風変わった体験というか、じぶんへ至る家系のことを思えばすでに負の連鎖は断ち切られつつあるのだな。内的家族システムやパーツという知識がなくともそういうことをしていたの、こうしたかたちにならない知恵というのは古今東西の人々が持っているものなのだろう。次回のセッションでは、回復期以降からいまへ至るまでの心の傷もろもろに療法を施す予定。ソナタを2カプセル飲んでからこれを書きはじめたのだけれど、マイスリーぽいらりらり感やふわふわした視覚や知覚。超短期間作用のおくすりなのでそれが切れる前におふとんへ。
2026年10月7日(水)
一気にではなく少しずつ生活空間を整えようと思って、ごみなどは回収センターへ持ち込んだ。乱雑な環境は気力を消耗するというか、逆にそこを整えることでメンタルにゆとりを生み出せるはずと思ってのこと。一度にやらなくても気がついた折に少しずつ、で労せずに課題が達成されている体験を目指したい。日没後は散歩。金木犀が咲いているのには日中に気付いていたから、それが植えられているお宅の横を歩いて香りを吸い込んだ。帰ってきてからは長湯。きょうはじぶんをケアできててよかったんじゃない? 夜中になりなんか冷えるというか寒く、気付けば風は落ち静かに凪いでいた。ストーブと灯油のことを考えている。
2026年10月6日(火)
なにごともなく。
