2026年9月29日(火)

なにごともなく。ちまちま読み進めていた岡田尊司『愛着障害と複雑性PTSD 生きづらさと心の傷をのりこえる』(SBクリエイティブ)を読了。すっきり。あとで付箋を貼ったりマーカーを引いたりして再読すると思う。

2026年9月27日(日)

作家展の最終打ち合わせのための集まりへ。それが終わった後の雑談で、きのこ採りについてメールでやりとりをしていた写真家のKさんと、予定のすりあわせなどあれこれ。金曜の悪夢からきのうの件といい、消耗するなー。時間が経てば気分なんてどうとでも入れ替わることは経験則で、浮きも沈みもほどほどにいなしていくのが知恵と言えば知恵。疲れているようだね、おふとんへ。

2026年9月26日(土)

心の中のなにかが死に、もうそれについて苦しまないように感じられる。とりあえずセルフビルドに関する資金繰りは筋道がつきそうで、そこに関してはじぶんの行きたい道から障害物がなくなる状態。ここから先に必要なのは自分自身へのコミット。

2026年9月25日(金)

NPOさんで面談。朝というより未明に夢見が悪くて目を覚ました。それが影響したのかどうなのか、日がなメンタルの具合が悪くて長湯をしたり。心地よい夜の時間を不快な思考に費やすのは損でしょ、という発想がちらつく。それが板につくと幸せなんだけれど、とか思ってうだうだしているうちに夜は更け、具合もそれなりにましになった。気分は変わるというのは前提だし、しんどいと他責や呪詛はきついし、そうなるのは仕方ないとして決定項としないだけでもまし。たかが気分であって深刻になることもないのだけれど、一方で気分障害の苛烈さは知らないわけではないというか、どちらかというと身をもって知ってるほうでは。生きものである以上、浮き沈みはあるから、状況ごとにその波を乗り越えていくことに力まないのがよいのかな。とくに結論を目指さない思考が走るときは休むに似たりで眠ったほうがよいとき。すこし前から雨音と、それに伴いかえるの声が聞こえてきた。

2026年9月24日(木)

喫茶兼ギャラリーへ展示を見にいったところ、どうやら知り合いでないかたの展示で誰だっけ、という。日程か場所を間違えたのかなーと思いつつもそれなりに作品を眺めた。顔見知りになった店員さんから、くちなしの挿し芽に根が出ましたよと教えてもらった。じぶんがそこで展示してたときに庭から持っていき飾っていたくちなしの枝何本かを、すきだから育てたいと仰るのでお譲りした方。挿し芽として活着しやすくするのに発根促進剤のルートンをすこしばかり小分けしてお渡ししていて、あの天ぷら粉みたいに使う粉、と笑い話に。それとは別の文脈で、その店員さんがカフェで談笑していた方に、このひと話すとおもしろいのよと説明してくださり、不思議にうれしい気持ちがした。園芸という共通の話題があるんよね。そのあと案内はがきの回収で残っていた喫茶店へ立ち寄り、お礼を伝えたついでに注文をしてしばらく読書。夕餉を食んでいるうちにだるいというか眠たくなり、気分もやや不安定になってきた。そうした夜もある。ので、早めに床へ。きょう夕方の予定だったカウンセリングの予約は、Yさんからの風邪を引いたらしいとの連絡でお休みとなり、おだいじにとお伝えした。一週間くらいすればなんとかと仰っていたから疫病か流感だろうか。後者はすでに流行期のようだしね。

2026年9月23日(水)

喫茶兼ギャラリーへ現在の展示を見にいったものの定休日だった。その足で立ち寄った知り合いのソーセージ店もお休み。それでギャラリーへ向かい、Sさんとしばらく雑談。それから、とある写真家さんがよく訪れるという喫茶店へ初めて入り、持っていった本を読んだ。メールが入っていて、友達というか先達というかそんな写真家のKさんから、きのこ採りができそうだから日程すりあわせをとの連絡。夕餉を食みHEMのお香を焚いてのんびりしていると、心地よいくつろぎを感じながら時間がゆっくりと過ぎていく。その気持ちよさを味わいながら、とくになにをするでもなくランプの灯りの前でぼんやりしていた。おとといの二回目の療法が効いているんだろうか。すこし考えてみたものの、効いているなら味わえば回復になるわけだし、たぶんその線で妥当なのだろう。んー。考えているようでぼんやりしているときは眠るがよい。

2026年9月22日(火)

きのう書いていなかった。カウンセリングで前回の家系図の件について、あれは濃かったと感嘆されたのだった。ひとりひとりが苦しみながらもここまでつないできたわけでしょう、ありがとうございますと思います、と。個人的にはいまのところそこまで高い視座はないし愛着もないんだけれどね、その時点で敢えて表明をしなくてもよいかなと思い、曖昧に頷いた。この日は療法の二回目。自分史と家系図が出たことで巻物あるいは見取り図ができたから、そこから傷の分布を推し量れる、もっとも大きな傷からアプローチするのが定石です、とのこと。それで個人的に行ってきた、子ぎつね、うさぎ、おおかみの三人といまのじぶんを含めたじぶんたちで記憶を辿り、それに触れ、結論を出したことについて、話した。カウンセラーのYさん曰く、すごく高級なことをされてます、正解です、とのこと。トラウマ治療に際しては多くの技法で、過去の傷を活性化したうえで処置するプロセスを含む。ざっくり言うと取り出し→解凍→再生→処理を安全な条件の中で行うのだけれど、それを無意識にしろ踏襲しているぽい。慢性的な怒りを見つめたうえでそこに対象を見出すというのは直球で適切な対応であり、それを単体ではなく三つのユニットに分けているという側面は、必要性があったにしろかなり特殊なことを行っているらしかった。ひとりでにセルフワークを編み出して適切に処置している、そうしたことをお褒めいただいた。特に誇張も謙遜も要らないと思うから書くと、たぶんね、ひとはほんとうになにかを見つめざるを得ないとき、必ずしも知識に依らずとも、直感で最適な筋道を嗅ぎ取り、辿るんじゃないかな。ある種の普遍性。高級というのは、Yさんの療法の場合は高い効果を出すためにあくまで理路に則って削ぎ落とされた行為のみを行うわけで、じぶんのそれは物語を丁寧に扱いながら辿っている、そういう意味での高級さのよう。せっかくだからじぶんのこれを使いたいということで、中学生時代であるうさぎの子に了解を取り、その子と一緒に療法を進めた。統合を勧められてその提案を受け入れたものの、一日経ってもとくにそこまで行う必要はないなという感じなため、こちらの判断で併存の状態を取ってる。イマジナリーフレンドとして存在することで脳のメモリを食うことが疲労に繋がると言われていたんだけれど、そのことで困らなければよいのであろ。この子に怒りについて訊ねた際のイメージについては、当初の際限なく湧きだすべたつく重油から、羽の生えた空色の丸っこいものに変化していたのが、今回の療法では金色の卵のイメージとなり、二人がかりでそれを割った。そこから先は別の流れに合流していったよ、と書いておく。うちへ帰ってきてからはなんだか疲れが出て、ここへ書かずに床へ就いたのだった。きょうは体調のしんどさから夜に散歩をしたほかはなにごともなく。きょうに限ったことではなくなっているけれど、日中は退屈というものを感じていた。療法のセッションが進んで精神的な疲労が取れてきたときの、行動の下地になるものだと捉えてる。

2026年9月17日(木)

カウンセリングへ。かいつまんだ自分年表と家系図をカウンセラーのYさんに見てもらった。やりとりしながら家系図にあれこれ付け足していくうち、Yさん曰く「いままでで一、二を争うすごさだなあ」「私がお坊さんだったらこのみんなを供養しましょうって言ってますよ」「だって幸せそうなひとがこの中に見当たらないでしょう」「(年表も含め)情報量が多すぎてこの場ではなんとも言えない」。ひとさまの家系を聞く機会がないからじぶんのこれはけっこうあかんやつだろなとは思っていたけれど、予想以上の煮こごりみたいになっているわけね。この負の連鎖や継承の中で苦痛の極まっているじぶんが構造を掴み連鎖を止めようとしているわけで、それが目的ではないにしろ、励まされるところはあるよ。次回は療法の二回目。知識を仕入れておこうと思ってそのへんを伺うと、それはよくないのでぽけーっと気楽に過ごしてください、とのこと。それについて考えることが傷を開いたり深くしてしまうからだそうで、なるほど。前回と同じところをやります、範囲を変えたり広げたりはせず、そこの苦痛をどんどん下げて1や0といったレベルにしていく、2~3回でしょうね、とのこと。うちでやっているのはよく効くから回数はそんなに要らない、だそうな。そんなわけで適当に過ごそう。BlueskyのTLに金木犀の香りの話題がちらほら。このあたりでも香りはじめていそうだけれど、車に乗ってると外気のにおいと距離ができるなー。まあでも、しばらくはのんびり適当に。