NPOさんで面談。朝というより未明に夢見が悪くて目を覚ました。それが影響したのかどうなのか、日がなメンタルの具合が悪くて長湯をしたり。心地よい夜の時間を不快な思考に費やすのは損でしょ、という発想がちらつく。それが板につくと幸せなんだけれど、とか思ってうだうだしているうちに夜は更け、具合もそれなりにましになった。気分は変わるというのは前提だし、しんどいと他責や呪詛はきついし、そうなるのは仕方ないとして決定項としないだけでもまし。たかが気分であって深刻になることもないのだけれど、一方で気分障害の苛烈さは知らないわけではないというか、どちらかというと身をもって知ってるほうでは。生きものである以上、浮き沈みはあるから、状況ごとにその波を乗り越えていくことに力まないのがよいのかな。とくに結論を目指さない思考が走るときは休むに似たりで眠ったほうがよいとき。すこし前から雨音と、それに伴いかえるの声が聞こえてきた。
