2025年12月9日(火)

午後になり、予約を入れていたNPOさんのところへ面談へ。これからのじぶんの回復の方向性やもっかの取り組みについて、把握して噛んでくれるひとや組織は多い方がよいからという判断で予定していた情報共有だった。担当者さんも仰ったように、このNPOさんはいまのじぶんにとっては直接ではない後方支援という位置づけ。折りよくというかよくはないけれど前日の件があり、そちらにも時間を割いて担当者さんに話を聞いていただくことに。まず前提として、仮に障害者雇用枠であれば合理的配慮その他が法的に義務づけられているし企業側にもそうした意識がなければならず、そうであればきのうのあちらの対応は完全にアウトではあるのだけれど、こちらは一般雇用枠で採用されており、今回はその差がここまではっきりと出てしまったかたちですね、とのこと。障害者を巡る雇用環境については2000年以降大きく変化し改善もしてきているわけだけれど、うん、まあ、零細企業というのはそういういうこと……。担当者さんの体感によると、高齢者の反応は理解を示すかその逆とで大きく分かれやすいそう。そしてやはり、歳を取るとどうしても抑制が効かなくなる傾向にありますから……と。こちらからの話ではあるのだけれど、お気に入りの従業員によくわかんないひとたちがいろいろついてきて、彼女の城に何度もやってきてよくわかんないことを話す、それがおもしろいわけがない、嫉妬や疎ましさの感情だって否定はできないですよね、ということを喋った。担当者さん曰く、こちらがどうしたいかという気持ちがなにより大切です、そこで仕事を続けてみるなら獲得した身体反応を活用することも有効ですし、うまくやっていくための立ち回りも求められるかも、とのこと。そのあとは予定していた今後の方針と取り組みについて現状を共有した。じぶんが回復にあたってしたい/していることのためには心理士が適任で、じぶんの前の担当者さんがそうだったのだけれどいまはそのNPOさんに心理士はおらず、多くの場合心理士の利用は有料&非営利につきこちらから紹介もできないため、主治医に相談したり情報収集を行っていただけたら、ということだった。そうかー、もうその段階でしょうと就活をそれとなく促してくれたあのときの担当者さんがそうかー。タイミングの話ってたらればだから、これからどうするかよね。この担当者さんに話を聞いていただけたことで身体のほうも緊張が緩み、次の予約はその都度必要になったときにとお伝えして帰途。元通所先のスタッフさん方ときのうの相談員さんとで担当者会議がこれから予定されるはずなので、そこで定まる話もあるかと思う。あしたの仕事はねー、正直だるくて気分調整に日を取りたいし、だるいという自身の感覚を優先できる立場にいる。朝起きたときに決めようか。

2025年12月8日(月)

あー腹立つ! じぶんを担当してくださっている支援組織(のひとつ)の方が職場に最初の挨拶と情報共有にいらしたのだけれど、雇い主である奥さまはあなたたち(支援組織)のやってること分かんない、うるさいうるさい! とひとしきりキレ散らかしたのだった。こちらへ向けて、そんなふうに人の手なんか頼っていたら大人になれない、大人になろうよ、とも。抑制が外れてまくし立てた彼女に割って入り、担当者さんとはおもての駐車場で話した。二人して目をこすり鼻をすすりながら、たぶん悔しくて。感情的なショックを受けると身体は数十分でひとまずの調整をするもので、そのあいだに揺らいだ感情を抑圧せずしっかり外へ出しておくとあとに引きずることが減る、そんなふうに理解していたから、そうなるように話した。障害への支援サービスがじぶんにとってどれほど大切で必要としていることなのか、その認知度が一般にはこういうことなんですねということが、繰り返し自分の口から出た。こちらとしてはいまの感情について話すことでお互いの受けたショックを振り払いたかったのだけれど、担当者さんは私の方が支えられていますねと仰り、矢面に立たされたその方が感じた怖さを思いつつ、その言葉がなんだかありがたかった。支援職という立場とその現場についてのあれこれを思う。身体が冷えはじめるころにはお互いすこし笑えるようにもなり、挨拶をしてお見送りをし、そのあとじぶんも退勤し、元通所先へこの件の情報共有の電話を入れて帰宅。もうそろそろじぶんも求めていない他者の言葉をそのまま受け取るつもりはなく、分からないなら適当にしておくこともできただろうに、勝手に耐えきれなくなったひとが残念な自己紹介をした、と解釈してる。私はものごとが分かるという自負に真新しい概念=理解できなさが乗ったときの我慢ならなさと拒絶。戦中戦後生まれって、自分の力で生きてきたという自負=裏を返せば助けが欲しかったとき誰にも頼れなかったという意識が自覚はなくともとても強いようで、おそらくその延長上で、差し伸べられた手を信じて握れるじぶんのような存在に強いジャッジを繰り出すことがある、と見てる。大人がどうとかその手の人格への批判を持ち出すのも、そこに自意識のこじれがあってそうせずにはいられないことで、そこにあるのは孤独ではないかな。奥さまは、私と彼は直に向き合っているのだからそれだけでいいということを強く主張したけれど、だったら後ろから撃つなボケー。雇用関係というのは事実上非対称なの! 理解してよという要求は捉えようによっては一種の暴力かもしれない、でも爆発するのは別の問題。かっとなった勢いで他人をやり込めると自分自身への整合性がとれなくなってあとで辛い気分になるものだと思っているけれど、せめてそれくらいのひとではあってほしい。その場で誰のメンツも潰さなかったつもりだし、他人の協力を取りつけることがいかにむつかしいかとか、あちらとこちらという安易な線を引かないようにとか、じぶんだって複雑さを抱えていられる力=ネガティヴケイパビリティを試されているんだよ、といった内省もないではないものの、じぶんは理不尽に感じたのだということについて、無理に客観視をしたり、えずきながら飲み込もうとしたり、内心で物わかりよくなる気は毛頭ないなー。じぶんがどんなとき誰のほうを向くかわかりやすい……。書いたらすっきりするかと思ったけれど、まあ微妙よね。さいきんは内受容感覚というかおなかの消化器あたりの感じが分かるようになってきて、そこはいまもまだやや冷たくて嫌なぎゅっとした感覚がある。この身体は大切にされるべきもので脅かされてよいものではないから、今夜はのんびりしておなかの緊張を和らげよう。。。

2025年12月6日(土)

あー疲れたー。きのうに引き続き午前中からポストカードの編集作業をして、夜十一時を回ってやっと一段落ついた。入稿データは揃ったから、十種類のうちまず半分を入稿した。実物が届いたらその印刷の仕上がりを確かめつつ、調整を加えたものとのこり五種類も印刷に出す予定。あらためて思う、ひとさまから見たらよくわかんないことに夢中になってる。値段をつけたら売れるのかもしれないし、今回は仮にすべて売れた場合なら収支はプラマイゼロというラインの印刷料金で注文したし、美術館の売り場に置いていただけたらうれしいねという宛はあるにしても、べつになにか具体的な目的があってしていることではないのだった。名刺代わりにはなりそうね。自身の内部を織りなす他人と関係のない文脈が増えることの心地よさ。端的に言って自己満足の快。気づけばきょうは作業中ずっと音楽にあわせて口笛を吹いてた。

2025年12月5日(金)

のんびりする日のつもりだった、のだけれど。午前中はなんとなくぼんやりして、昼過ぎにめんどい電話をいくつか片付けたところで、ポストカードの編集に手をつけた。初めは決まった編集をかけて入稿用のファイルをいったんすべて用意したものの、宛名面に個別の作品名などを入れることにして文字の細かいレイアウトや組み方に凝りだし、プリンタとのあいだを行ったりきたりして印刷や微調整を繰り返したり、編集し直すことにした作品の環境もICCプロファイルやソフトプルーフをきちんと印刷所のそれに寄せて設定したり、なるべくデータ量やディテールを落とさない編集の流れを決め直したり、そういうのをすべてChatGPTとやりとりしつつデスクトップ機の前にかじりついていたら、もう日付が変わってる……! なんか久しぶりだね、こういう集中のしかた。夜が深まるにつれ没頭のアクセルを踏み込んでいくよくあるあの状態なのだけれど、こういうときは作業途中のまま火を落としておくと翌日も再開しやすくて全体の効率につながるのだった。そういう判断できてえらい。やればやったぶん進捗がある作業は困難ではないから今日中に入稿まで終わるはず、みたいに思っていたのにぜんぜん違ったなー。でも、あれこれ試行錯誤したおかげで当初の着地点よりクオリティは上げられそうで、じぶんなりに製作してることの久々の没頭を歓迎したいところ。なんだか文章のテンションが高めで気づかぬまま疲れていそうだから、このへんで眠るがよいよ。そうか、のんびりするつもりが思いがけず充実してしまったんだね。

2025年12月4日(木)

きのうも書き忘れてたけれど、お仕事のあとで歯科に行き、ぐらついていた歯を抜歯した。そこはブリッジを入れる方向で治療中。きょうはわりとしっかり初雪が降り、朝のうちはあたりが白く覆われた。朝またその歯科へ行って抜糸部の消毒を受け、そのあとは地域の園芸店を三店はしご。いまくらいの時期がパンジーやビオラの品揃えの充実するころなんだよね。始めに向かった店で店員さんに伺うと、ヌーヴェルヴァーグやドラキュラといったブランド苗をことしは仕入れないそう。苗に人気があるだけに流通するとなると確保がむつかしいのかもね。二店目、三店目と回ってようやくブランド苗が充実している売り場へ。どちらも山の上のほうにあるから道沿いはすっかり雪景色で、日中で雪が解けているからよいけれど、この代車はノーマルタイヤでは……と思いながら走っていた。そのブランド苗が充実している売り場もすっかり雪をかぶっていて、この日じぶん以外にビオラ売り場を眺めたひとはいなかったらしく、積もった雪を払いながら苗の花色の個体差を見比べた。最終的には春を予感させる桜色の春マンボーと、夕焼けを思わせる複雑な色合いのヌーヴェルヴァーグ2鉢をそれぞれ購入。帰ってきてからはそれらを鉢に植えつけて水を遣ったり、保険会社に電話を入れてやりとりしたり。ビオラ巡りで疲れたし、もうあとは日曜までのんびりだらけることにして、今宵はおふとんへにゅるん。

2025年12月2日(火)

なにごともなく。きのうは書き忘れたけれど、初夏ごろ美術館脇に咲いていたたくさんのヤマユリを花後も刈らずに取っておいたのを、実がドライフラワーになったいまになり収穫した。こういうの館内での飾り付けに使うみたいだから個人的判断で取っておいたんだよね。どれも大ぶりでダイナミックな実付きの束。それを奥さまとTさんに持っていったら「大きくてかっこいいから展示室に飾ろう」ということになり、アンティークのガラス照明から電球やガラス数枚を抜いて実を活けるかたちで差し込み、それを展示室の一角へ持っていって飾った。ついでに展示作品に手に触れつつほこりを拭ったり、他のドライフラワーの飾り付けを任されたり。お二人とも喜んでくださってなにより。作業の終わりにTさんから「じぶんで持ってきたものが飾られるのってうれしくない?」と訊かれたのだけれど、すごくうれしいですよ。活け方や飾り付けを任されるのってそのへんを評価してもらえてるんだなあと思うし。じぶんよい場にいるなあと思う。あすは午後に歯科の予約があるからお仕事はすこし早く上がる予定。お世話になった元通所先のスタッフさんのひとりが来年一月で退職される件で、オフセット印刷のポストカードを早めに仕上げて、一組を餞別として今月中に渡そうかと考えてる。ほか、ビオラとシクラメンを探しに行きたいとか。喫緊ではないものの遅くないほうがよいタスクがいくつかリストになっているから、ぼちぼち崩していこう。

2025年11月29日(土)

のんびり。仔猫は去勢手術をしたのでケージに入ってもらっているのだけれど、遊びたくて出してと訴えるのだよね。かわいそうだけれど大運動会をされると傷に響くかもしれないし、術後につき安静にしてもらう。検査したらおなかに虫がいるとのことで、虫下しをしばらく与えることに。

2025年11月28日(金)

定期通院先へ。主治医と傷からの回復についてやりとりをしてあとで振り返ってみると、じぶんでは自覚できていないけれど回復への姿勢が前のめりなのかなというか、頑張りすぎ/力みすぎているよ、もっと楽にしてよいのでは、というニュアンスを仰っていたなと思う。おそらく、あなたのように回復できるケースはそこまで多くないという意味も込めて、ここまで来られたならひとまず満足してみては(そこから自己受容を)、という趣旨のことも。たぶんね、じぶんは理想の高さに自覚がないし、そのことに頑張っているという自覚もない。主観ではそうするほかない、それをするという認識なんだよね。たいていの場合は周りからのほうが状況が見えているというのはあるのだけれど、無意識に頑張っちゃうじぶんも包摂して受け入れるほうがいまはよいかな。そういうのも業や磁場、物語の強度として生きたってよいのでは? 考えとしてはいろいろ言えるところだけれど、こういうのは日々の暮らしのなかで常に調整されるものなので、生活を大切にという着地点。そしてふと思う、これだけ流感が大流行しているなかカラオケで歌っていたらアホかもね。ほんとにいま我に返った感じで、まあでもよくない? みたいな。もしかして全体的に、間違えたってよくないかなというところへきているのでは。いや、他からみれば間違いやズレな要素でじぶんが大部分を構成されているというのはあり、今さら感。こんなふうに出口のない思考を弄んでいるときって微妙に快があるけれど眠ったほうがよいしるしであり、そのように。最近のじぶんの文章から変に自信を感じることがあり、これはどういうことなのかと判断を保留してる。抑圧へ向かうのも気持ち悪いけれど、暴走するのもねという。