2021年1月7日(木)

ドイツ版養命酒というイェーガーマイスターが思いのほかおいしい。薬草系リキュールいけるなーとその手のまとめ記事を読んでいて知り、養命酒ってどんな例えだと気になっていた銘柄。大瓶ではなくスキットルサイズの小瓶を見かけたので、これならと手に取った。甘くて苦みもあり、薬っぽさがなかなか。確かに例えるなら養命酒で、比べると日本のはよりシナモンが効いていた、ような気がする。イェーガーマイスターも舐める酒。秋に注文してすっかり忘れていたいちじくの苗木二本の発送連絡があった。次の歯科の治療でインプラントの話をできたら。

2021年1月6日(水)

市役所がメールで送ってくる新型コロナウイルス感染症の市内発生報告はこのところ頻度が増えた。まだ一度の報告につき一人か二人ではあるけれど、十二月中は合わせて四通だったのが、今年に入ってからは金/日/月/火曜というように連絡が続けざまにくる。きょうはまだ不明。こうした状況はここに多少書いておいた方が、日々の生活を振り返りやすいのかもしれない。それはそうとしてあした歯科の予約が入ってる。なにもこんな時にという思いは力強く乗り越え、常に現時点における最善を尽くしていこうな(未来予測もしろ)。筋トレはスクワット/ニートゥチェスト/レッグレイズ/ロシアンツイストを適当にこなした。体幹を鍛えると日常の所作にいいことがありそうなので、プランクの型を覚えるためにリングフィットを起動してはどうだろ。あの動きはしんどかったからこうしてためらっているけれども。これを書いているいま、本日の発生報告(3名)が届いた。この人数は初めてだ……。数日前にここで触れた世界史の入門本は、妙に密度が濃く感じられた中国史までを終えてやっと全世界の話を迎え、これから個人的にお楽しみな大航海時代へ入る。自分のファンタジー観はそこから19世紀ごろという認識があり、創作するにもそのころのエッセンスというかディティールがほしい。これまで雑にしていた根本的なところへ手を入れているけれど、こうなると自分ひとりで作業を積み重ねていくしかないのだなと思う。そんなとき、この『YAMABIKO』の「己を信じて歩ける強さがすべてだ」という歌詞を思い出すと、ちょっとだけ心強い。

2021年1月5日(火)

地元の神社へ。訪れたのは午後の遅い時間で、ほかに人影はまばらだった。参道脇の梅の枝に紅い花が一つ咲いているのを見つけたり、お焚き上げの痕跡があるのを通りすがったりしながら、本殿の前で二礼二拍手一礼。いつものように、願い事の代わりに軽い挨拶のつもりで目を閉じた。こうした一連の動作はなんとなくこなすけれど、信仰ってよく分からないものだなと思う。せっかく来たついでだから周囲に鎮座している稲荷などにもお賽銭と挨拶をした。それから参道を逸れて木立を抜け、市街が見渡せる墓地のあたりをふらっと歩いた。あと二月もすれば遠景に桜が目につくんだよな、冬は春に一番近い、なんてことを思って気が楽になる。帰りがけに引いたおみくじは大吉。思いがけずうれしくなるのは単純でよいことだ。周りの人たちの助けを得て幸運を掴み、その運気を生かせばさらに幸運と、景気のいいことが書いてあった。気分転換になればと考えての初詣だったけれど、来てよかった。気分が細部まで元に戻るにはあと数日という感覚がある。念を入れて眠るがよかろう。

2021年1月4日(月)

落ち込んだままの気分が入れ替わることを期待して、おもむろにスクワットやレッグレイズをやったりしていた。リングフィットの思想がユーザーに健康的な運動を根付かせることだとしたら、気分よく乗せられているかもしれない。なんか悠長にこれを書くなら休息を取っていた方がいいような気がする。早めに眠ってしまおう。

2021年1月3日(日)

GPVの予報だと今夜の雲はなかなか晴れなさそうだ。しぶんぎ座流星群はお預けかなあ。気分の変動があるときはさみしいものだ……。それはそれとして冬になるたび気分はやられて落ち込むから、大掃除の無理もそちらへすっと接続しているかもしれない。筋トレなり周りのものを愛でたりしてあと二ヶ月ばかり耐えような。一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書 公立高校教師YouTuberが書いた を読んでいるところ。高校のときに社会科で地理ばかり選択したおかげで、そちらは人生の楽しみといっていいくらい血肉になっているのだけれど、代わりに歴史の知識はゼロになってしまい、それはそのままこの歳まできてる。やっぱり歴史感覚を持っていたほうが物事の認識には幅が出るはずだよねということで、いくつかのサイトで歴史勉強の初級編としておすすめされていたこの本を手に取った。内容の紹介はリンク先に任せるとして、全く知識のない人がざっくりと世界史の骨格を取り込む目的に特化した本だと思う。いい歳した大人なので、勉強するにも効率重視の選択肢を採れるし、下心のために知識や理解を追求してよいのだ。認知機能のダメージのために読書の速度がひどく遅々としていることについては、もどかしいというよりじれったく、悔しさを感じるけれど、そうした箇所をほかの者と比べることは不幸へ続く道だものね。自分になかった領域と構造が急速に広がる感覚については、たぶん知る楽しさというやつで、悪くないかなー。紅まどんながおいしい。

2021年1月2日(土)

父の墓と母方の墓へ、それぞれ母と墓参りをした。それはそれとして気分が沈み込んでしまう。母の見立てでは、僕が年末の大掃除を頑張りすぎたことで精神的な反動がきているのでは、とのことだった。そんな気がする。閉じこもって眠るがよかろう。

2020年12月31日(木)

ことしは精神的な過ごしやすさがいい感じに維持された年だった。映画を楽しむだけの集中力が戻ってきたようで、数えると30本を超える作品を視聴してる。観るエンジンそのものは梅雨のころに掛かったことを加味すれば、そこそこのペースで映像作品に触れていたみたいだ。四月のこと座流星群を見たあとは「詩も哲学も必要なんだ」というひらめきがあり、そこから詩のアンソロジーや哲学の入門書を細々と読んでいる。読書自体も幾年か前まではいったん没交渉になっていた趣味だったから、休みやすみとはいえ読むことを楽しめているのは嬉しい。どうしようもなくインプットが足りていないから、自分を潤す感じで作品を摂取できたら。関心領域を明確にしたり、来年の目標を十ばかり立てた中で、創作の足場を耕すことについてはとりわけリソースを注ぎたいところ。日常でできることも多少増えた気がしてる。なによりもよかったと思うことは、それなりな過酷さをくぐり抜けるにあたって、未来を望み前向きでいられたこと。それは身の回りの人々や環境にも支えられたように思う。きのうきょうだいと話し合う機会がありそれもよかった。社会に重苦しさはあるけれど、それはそれとして自分の生活/趣味/関心に進展を作りながら身軽になろう。そして家族のためには自分がまず衛生に気を遣いながら過ごしたい。……こうしたことを書けているだけ、ことしは内的な変化があったのだなということを、ここの大晦日の雑記数年分を読み返しながら思った。

2020年12月30日(水)

買い出しや居室の窓拭きに整理整頓が片付き、ことしの掃除もひとまず終わった。その勢いで『ランドシャーク/丘ジョーズの逆襲』を観た。のっけのビーチから映像も物語も雑で、それは終始一貫していた。陸を泳ぐサメが主題のはずなのに、その直接の映像は全く出てこない。映るサメもなんか雑なのだけれど、サメ映画は適当さが持ち味らしいから……。サメの血清とはなにか、白兵戦で初めて役に立つレーダー、意図不明な坑道のパートなど、多くの謎が明らかにされないまま物語は加速していく。持っていかれるにしてもその部位はただ下品でございました。雰囲気で説得されそうになるけれど、あの山荘が最終決戦の場という必然は別にないのだよな。そしてそのまま、物語は特に着地点を見いださないまま緊張感のあるスタッフロールへと持ち込まれた。終盤のサメ人間が相対的にリアルだったので、もうそのへんがオチでいいです。