ふと思い立ち、手をつけていなかったクレマチスの挿し芽をすることにした。これ以上遅くなると冬になって発根率はもっと下がるしね。採ったのは品種不明な白いクレマチスと、アーマンディー アップルブロッサムのふたつ。ふつう挿し穂には2~3節を使うけれど、もっと何節もある蔓そのものを発根させて、大苗の状態で鉢植えに仕上げたい。欲が深いよ。アーマンディー アップルブロッサムは1メートルかそれ以上ある蔓そのものから適度に葉を落としたうえで、切り口と節の上の何センチかを薄く削ぐ。そこにルートンをペースト状に塗り、ルートンがなるべく溶けて逃げないよう、ほぐしたコットンで巻いてから糸で縛る。それをメネデール濃いめの水に挿す。水差しはこの方法で行ってみる。土に挿すのは二通り。パーライト/細粒赤玉土を1:1で混ぜた用土と、挿し芽専用土を使い分けて様子を見る。土への挿しかた自体は水差しと近しく、発根しやすい部位も削いでルートンをまぶす方向で。ホームセンターと百均へ出かけていき素材を揃えてから、初めてのイタリア料理店へ。きのこのドレッシングがかかったグリーンサラダと、いちじく/生ハム/モッツァレラチーズのカプレーゼ、ボンゴレのパスタ、ノンアルのシャーリーテンプル。使い慣れないなりにフォークを運ぶじぶんの知らないこと好きなところを心地よく感じたり。そこは店主がひとりで切り盛りしているお店で、ゆっくりとした雰囲気も内装もよく、壁や窓枠や天井への木の使い方をセルフビルドの参考にしようとすこし写真を撮った。のんびりしていきたくなったため、食後にノンアルのシャンディガフを注文。これもとてもおいしくて、ちびちび口にしながらそこにいることの心地よさを身体で味わっていた。お店を出たあとはジンジャーエールとノンアルのビールを買って帰宅。さっそくうちでもシャンディガフをつくってみる。青りんごのような風味がやっぱりおいしい。いつか生姜シロップを自家製でつくって楽しんでもよいかもね。挿し芽の作業はあすに。眠ろう。
2026年10月19日(月)
カウンセリングへ。セッションの補足で、とらわれがなくなり自由になる手順みたいなものを教えてもらった。ただ読むと意味不明かもしれないけれど、忘れないようにメモ。
水晶球をイメージし、そこにセッションで受けたポジティヴなイメージを注ぎ、満たす。この水晶球は満たされているので限りないエネルギーを宿していると捉える。身体のどこか(じぶんの場合は心臓のあたり)に座を用意して(根元より折れた切り株から豊かに萌えるひこばえをイメージした)その水晶球を置く。ここまでが前座。
Target.1では水晶球の前まで行き、必ず挨拶をしてから、ポジティヴなエネルギーをじぶんの中へもらう。個人的にはエネルギーは豊かな湧き水や泉をイメージし、それが水晶球からじぶんの中へ注がれるように。じぶんの中が満ちたら球とじぶんが同じだとイメージし、同じになったことを確認したら、球の中(中はポジティブなエネルギーで無限に満たされている)とじぶんの中(先に同じ)が循環し、相互に同じになることを確認する。Target.1はここまででもよく、終わるなら感謝してありがとうと伝え、球を元の座へ戻し、ここで終わる。
続くTarget.2では水晶球を拡大してじぶんが中へ入り、没入するイメージ。球の中の豊かな泉のエネルギーと、じぶんのなかのそれが同じであることを確認する。そして球の中へ入ったまま溶けて、じぶんの境界がなくなる状態をイメージしてしっかり味わう。じぶんが無くなり球そのものになったらその外へ出てもだいじょうぶ。目の前の球とじぶんが同じであることを確認したら、球を元の大きさに戻して感謝の言葉をかけ、元の座へ戻す。またお世話になりますと挨拶して別れたら、元の世界へ戻ってくる。これでTarget.2は完了。
T1はとにかく毎日、T2はできるだけするように。筋トレと同じで繰り返すとイメージが鍛えられるとのこと。これらのプロセスを強化するととらわれがなくなっていき、じぶんが変化することを怖れる必要がなくなり、それゆえに自由を得られる、自由になる。変化というのは大きくいえば死も含むそう。ちなみにこの水晶球はじぶんから生じたものでもあるのでアイデンティティがあるよ、とのこと。古い仏教の瞑想論では四禅(初禅→二禅→三禅→四禅)という段階、というか瞑想の四つの状態を説くのだけれど、このT1,T2は初禅~二禅あたりまでをカバーし、もうイメージのレッスンは行って身についたから、あとは続けるだけのことだそう。先生曰く、お坊さんに聞かれたらなんじゃそりゃと怒られるかもしれないけれどね、とのこと。ひとまず書いたからのちのち参照すると思う。
2026年10月18日(日)
なにごともなく。
2026年10月17日(土)
定期通院先で頓服を受け取ったあと、NPOさんへ。そちらからアクションして様子見ということに。今夜は冷える。ストーブがそろそろいる気温。
2026年10月16日(金)
定期通院先へ向かったあと歯科へ。それからモスでハンバーガーを食べて公園を散策。カワセミらしい鳥が池の魚を捕らえて食べていた。田園地帯と市街地の境目くらいの場所にある公園だけれど、いるのだなー。カワセミは初めて見たかも。うちでは長湯をしたのちうだうだ。どうなるか分からなくて不安なのだとしたら、実現すると決めること、その結果からいまの行動を決めること、そうしたら不安の余地はないこと。受け取れなかったものは、他のものたちから受け取ってもよいこと。そして現状は悩むところではないし、不安がるところでもなく、計画を日々少しずつ進めていれば笑って過ごせもすること。こうしたマインドセットでいこうね。きのうのカウンセリングでのセッションが効いていることも大きいのか、とくに考え込むようなことはなくのほほんと過ごした日だった。そんなふうに自分自身を仕向けることができたじぶんのことも褒めてよいよ。なんとなく気晴らしにSwitchのポケモンSVを開いて、うちの一番手なニャオニクス♀のスタイルを変えていた。持ちものはのどスプレー、技構成はサイコノイズ/みわくのボイス/10まんボルト/めいそう、努力値は防御と素早さに振り、初手はめいそうで特攻/特防のステータスを上げてから音技でさらに特攻を上げるという、若干トリッキーな子。場に居座るなら特性はかちきが順当だけれど、うちの子はするどいめ。うちの子は知性があって歌うし目つきが鋭いしさみしがりなので……。特攻を多めに振る以前の比較的素直なアタッカーから、めいそうを活かすかたちに。なんでもよいけれどさ、こうしてうだうだとゲームに触れる時間があるくらいにはゆとりを取り戻してて、楽観は意思と捉えるとうまくやってるよ。このへんで眠ろう。
2026年10月15日(木)
午前津は皮膚科へ。夕方はカウンセリングで三回目となるセッションを受けた。EMDRの発展形で脱感作までひととおり。回復期以降の傷を扱う予定でもうすこし書き出してみたらいくつかに分かれたため、今回は親からの傷について。セッションが終わったあとは、なんとなく身体が心地よく感じることをしたくなり、その足でカラオケへ行き一時間ほど歌った。それから帰ってきて、散歩を2,3kmほどしたのちオフロで長湯、それからごはん。ゴンチチのベストアルバムがなぜかいまは心地よい、というのはくつろいでいられるしるしなのかもね。これ書いたら家の間取りについてまたぼんやり考える。
2026年10月14日(水)
大叔父と話した。ひとまずこれで当面はなんとかなることに。こうした不安が払拭されるというのはこころの安定に寄与するものだね……。居酒屋で食べるヤムウンセンをじぶんで作ろうと思い、材料を買ってきて夕餉に作った。春雨の量は思いのほか少なくてよく具材の多さが特徴なこと、居酒屋のあの味はたれ(ナンプラー/ライム汁/砂糖)をふんだんに使っているがゆえの味、などがわかった。テイクアウト時の袋を見れば分かるように汁たっぷりだもんね。それから肝心の辛さは居酒屋では生の赤唐辛子をもりもり使ってのことで、汗が顔から押し出されるようなあの辛さを干し唐辛子で再現するなら相当の量を使ってよいみたい。つくった初ヤムウンセンは春雨の分量を間違えたものの、これはこれでおいしい。ナンプラーとライム汁は惜しまず使える量のをあとで買おう。バンコクのレストランで食べたひんやり太めはりはりの春雨、原体験として焼き付いているあれはどんな春雨を使っているんだろう……。なんというか、当座の不安を免れたことでゆとりがあるというのは、さいわいなのだろな。夜は建てたい家の間取りを考えていた。片流れの平屋で床面積は100m平方メートル未満かつなるべく広く、お一人様の暮らしでよいけれど物置兼客室も小さめのを一つ、星見のため屋根の上に出られる構造があるとよく、居室と水回りを両側に分け、その真ん中に大きくリビングと開口部を取る、など。収納スペース/パントリー/玄関をどう取るかが思案中。現在の建築の流れとしては学習スペースは別個に確保したり、収納はさりげなく利用しやすい配置にしたり、知らなかった潮流がいろいろあるみたい。そして平屋は自由度が高めにつきいろいろ凝ったり工夫したりする余地があり、本を読んでいるといろいろな知恵があるなーという印象。じぶんの場合は人生の作品のつもりではないし、お求めに応じて安く済ませるために自ら建てるのであって、住まいの確保という自己需要を満たせることが第一だから、あんまり丁寧にしたりこだわり抜く必要もないと思うけれどね。土地の値段は郊外なら想定していた程度かなーという感触。場所によって相当のばらつきがあるようだということだけ把握。もう眠ろっか。
2026年10月13日(火)
社協と市役所へ。うちでは考えごとを紙に書き出して切り分け。悩みと問題は別もので、問題にひとつひとつ対処して手を打てていれば悩む必要はさしてないはず。悩みにじぶんの時間を奪われないこと、じぶんの感情や関心を邪魔されない時間を確保すること、難しいけれどリラックスできればそれが前へ進むために最も対処的であること。そして身体の感じを観察して気がついたこととして、ストレスで交感神経があまりに優位になっているときはなんというか、身体じゅうの皮膚からストレスが抑制されずに開きっぱなし/放出されている感じがある。皮膚の感覚を閉じるようにして交感神経の高ぶりを抑え込み、体内のアドレナリンやコルチゾールなどホルモン/感情の反応が一段落する数十分を待ってみると、気分もけっこう落ち着くんだよね。そのままオフロで身体をリラックスさせた。現状は逆境には違いなく、じぶんの領分を取り戻すために少しずつ手を打とう。こうしたときのいちばんの資源は気持ちのゆとり。じぶんがじぶんの味方でいられればなにかしら着地点は見いだせるでしょ。
2026年10月12日(月)
大叔父と話した。しばらくなんとかなりそう。打つ手は打ちつつ問題と自分自身の時間や関心、感情を切り分けること。
2026年10月11日(日)
また行きたいと思っていたラーメン屋へ。そのあと身体が散歩したがっているのを感じて近場の公園へ向かったところ、そこではお祭りが開かれ人だかりができていた。ステージ上のライブをしばらく応援したあと園内や河畔をうろうろ歩き、位置ゲーを動かしたり。うちへ帰ってきてからも追加で散歩をし、それから長湯。ネガティヴ思考のループが切れた感。EMDRを応用して日常生活へ落とし込めたらという思惑は、生兵法は大怪我のもととはいえ、基本をなぞるあたりであれば効果が見込めそうね。このまま眠ろう。
