昨晩の寝しな、ベッドのなかでラジオのNHK第1を聴いていると、ふいに地震速報が入ってきた。それから大きな揺れと短い停電。震源は福島県沖で、このあたりは震度5弱だった。本棚から本がばさばさ落ちたり、運悪くたんすの上に置いていたガラス容器が床で粉々になったり。それくらいで済んだと言えるのかもしれない。ただ、小さな余震が続いており、十年前の震災では大きな地震だなあと思っていたのが前震だった、ということを否応なしに思い出すため、バッテリーや懐中電灯などは持ち出しやすい場所へまとめておいた。机の上の鉢も倒れたら大ごとだから床へ。できることといってもたかが知れているけれど、取り越し苦労ならそれで構わないしね。午前中に父の二十三回忌のため母ときょうだいとで寺へ行き、法要を営んでもらった。一通り済んでからの説話で坊さんは僕たちが独身なことに触れ、結婚して幸せな家庭を築き、それを故人に見せておやりなさい、ということを話した。僕はパーソナリティもセクシュアリティも家庭向きではないから、おそらく結婚はしないと思う。ただ、その場で注釈を入れる必要もないと思ってやり過ごした。きょうだいもそんなんだろな。庭の真ん中にあった植木はすべて移植できたから、跡地においおい堆肥と苦土をぶちまけておいて、適宜漉き込んでいこう。クレマチスをどうやって這わせるか、よく考える必要がある。
2021年2月13日(土)
陽気のよい日。ラジアンFを聴きながら眠りに落ち、十時頃に一度は目が覚めた。のだけれど、居室の暖かさが気持ちよくて二度寝をし、気がつけば夕方だった。暁を覚えずってやつ。日中は窓を開けっぱなしにしておける気温で、部屋に通る風の新鮮なにおいがうれしい。こうした気候の日が増えるとよいなあ。あしたは父の二十三回忌なため、午前中に寺で法事がある。
2021年2月12日(金)
アクリル球のランドメイクと並行して練っていたお話は、こんな流れがいいかなーという具合に骨格が見えてきた。脳内の映像を投影したり、書きながら話をつくる、というのは全く向いていないだろうから、設計図を引いて自分に親切な手順を組もう。紙にあれこれメモしながら話のタイムラインを組み立てると楽。
2021年2月11日(木)
敷地内の目隠しについて母と相談した結果、庭木に特化した図鑑を取り寄せてそちらを参照しながら植栽を決めてはどうか、ということになった。『庭に植えたい樹木図鑑』と、ついでに『四季の宿根草図鑑 決定版』を注文。それとは関係なく、クレマチス関連の書籍をいくつかポチった。クレマチスはつる植物の女王と言われるだけあって、いくらでも踏み込んでいけそうだ。苗があれもこれも欲しくなってしまう。
2021年2月10日(水)
抜糸はあっけなく済んだ。三ヶ月経ったらまた予約を入れて下さいとのこと。先生は「CGF(だったか)はやっぱり治りが早いなー」とつぶやかれていた。図書館でCDを借りる。おととい作成したリストをもとに、貸し出し上限の四枚を、わりあい適当に棚から引き出した。十数年前に作ってそれきりだった図書カードは磁気データが飛んでいたようで、このたび再発行してもらった。作ったリストに載っているクラシック音楽をおおよそ網羅するまで、図書館でCDを借りて視聴してみるつもり。今回もよい出会いが、あるいは後年になにかの扉を開く下地ができると思うと、まだよくわからない音楽もすんなり聞き込めるように思う。ホームセンターで堆肥や苦土石灰などを買った。庭の園芸に関しては、ゴールはないにしても取り組みのぶんだけ前進する性質のものだから、いまある課題を来年へ持ち越さずに済むよう、草木が動き出す前に諸々片付けておきたい。
2021年2月9日(火)
シャクナゲツツジを動かす準備ができた。これを別の場所へ定植すれば庭の真ん中はすっきりするから、跡地には堆肥と苦土石灰を買ってきて漉き込むつもり。春までにやっておきたい庭のことをToDoへ書き出したところ、ほかにも移動したい植木のことや、敷地の周りへ植えたい目隠しの植栽のこと、物置や軒下の整理など、時間とやる気がもっと欲しくなるような忙しさが可視化された。いちじくを植える場所と仕立て方も三月くらいには決められたらいいなー。スイートピーの’ブルーリップル’と’ピンク・パール’を隣り合うように植えたら綺麗なのではないだろうか。クレマチスは庭にもう3,4株あるけれど、’白万重’も植えてみたい。目隠しの植栽については母と、レッドロビン(ベニカナメモチ)とアベリアはどうだろうという話になった。植えたい場所ごとに適正のありそうな植木をもう少し洗い出してみる。とりあえずあした、歯の抜糸のあと図書館へ立ち寄る予定。やることがあって実行できていると迷わずに済むから楽だけれど、頑張りすぎると簡単にメンタルへ影響が出るから、ほどほどに取り組みつつ長く続けるがよかろ。
2021年2月8日(月)
耳鼻科へ。あとで図書館へ行ってクラシック音楽のCDを借りる予定。図書カードが十数年前に作ったきりのものだから、いまでも使えるか、オンラインサービスのためパスワード発行などを確認する必要があるけれど。どのCDを借りたらよいか、おおよその目星をつけてリスト化したから、あとは図書館で探せばよいだけだ。『旅行人』は引き続きめぼしいものを注文。
2021年2月7日(日)
野焼きの日につき、祖父宅の枯れ木などを焚き火にした。隣のおじいさんも生け垣の剪定など手伝ってくれ、敷地の中はすっきりしたと思う。疲れた。
2021年2月6日(土)
庭木の植え替えの続きをする。バイク屋のおっちゃんが原付の修理に来てくれたため、帰りに庭のふきのとうを持っていってもらった。一緒に来て下さったおっちゃんのお母さまが、初物だねえ、なんて話していた。あしたは野焼きの日。燃やせるものはこの機に燃やしてしまおう。少し前に注文した岩波文庫が中古でばさばさと届いた。この厚み、どえらい豊かさであるよ。
2021年2月4日(木)
歯は来週水曜に抜糸が決まった。原付がパンクしてしまった。馴染みのバイク屋さんに連絡すると不在のようだったから、あすまた電話するつもり。『ジョン・ウィック』観た。キアヌが有無を言わせずにやくざ者たちを死体にしていくさまは止まらない重機のようで、この復讐譚の気持ちよさに自分は変な笑みを浮かべていた。かたぎとやくざ、敵と味方、生と死など、あちらとこちらがはっきりしているときにやることは決まっている。こっちの強さを示せってことだ。観ていて血が上る気持ちよさだった。一度はダメ息子を売ったボスが大麻を吸って気を大きくし、よせばいいのにジョンへけんかを売るところのしょうもなさに、親が子に感じていた残念な価値が表れていたように思う。殺し屋ホテルの支配人が裏切り者に宣告する「パーキンズくーん」の薄っぺらさが、この作品での命の価値が端的に表現されているようで、とてもすき。造作なく始末された彼女も諦めていたようだったし。ラストの動物病院のあれって殺し屋には倫理観がないからいいのだろうか。この作品は続編がいくつかあったけれど、もしかしてジョンが絶望ばかりさせられる、そういうシリーズってことだろうか。やってしまえという気分になったらそちらもチェックする。
