抜糸。二週間後に様子見となった。ほか、なにごともなく。使わないInstagramのアプリ設定を開いて思う、むやみに機能を盛り込みすぎて不便になってる例では。スマホ交換で通知設定を見直していたら「投票へ行くことを促す通知」みたいな項目まであって余計なお世話でわらう。あす、オーダーした帽子の途中確認で都内へ出かける予定。半年前までのじぶんならひとの多いところへ敢えて行こうなんて思わなかっただろうし、実際、旅行を除いてもう十年とかそれ以上の期間、田舎にこもってた。とれる選択肢を広げてはいるんだね……。今回は体調的に疲れてるから、用が済んだらすぐ帰るつもりだけれどさ。帽子くらいでそういうふうに行動できるのはまあ歓迎することだよ。悩みの類型に、とりあえずの答えは見えていてそれを選ぶのがいや、みたいな悩みかたがあると思う。悩みっていうには書いていてしょうもなさはある。とりあえず散歩なり軽い運動しようよっていうじぶんとそれを面倒くさがるじぶんがいて、そんなことでいちいちじぶんに駄目出ししなくても気楽に過ごせるのが最良だよ、とか。書いていて思う、出口のない思考に走るということは暇なのだな。『SMALL HOMES』をめくりながら感じることに、じぶんは暮らしたい家のイメージについて色を第一に考えるぽい。趣味性や好みを優先するところではやっぱり他の要素を差し置いて色から入ることが多い。家については木材を落ち着いたブラウン/モカ系の色合いにしてそのトーンで作れたらとうっすら思う。というか参考にしている『SMALL HOMES』が手作りオンリーなためこちらの発想も当然引っ張られ、思い浮かべるものは木と漆喰が基調になるよね。深く思っていることを書くことって意外とないからいまのそれを書いておくと、いま暮らしている家と庭に愛着や安心を持てないという感触が強まってる。この環境に居続けることで生きる活力がジリ貧になっていくのでは、じぶんが削られているみたいだという感じがする。安心できる住まいを用意して庭を相手にひとりで暮らすというのは、じぶんにとっては人生のリソースをいくらか割いて実現したいと思えるものらしかった。それは、いまここで幸せを汲み出せるのなら、取り組むに値する目標のように思う。意外。夢とか目標とかは個人的にわりと疎んできた発想なのだけれど、これはちょっと扱いが違う、と。ここでそれなりに書いている、窓辺で静かに過ごす習慣については、生における安心感の不足を反映したものなのかもね。飛躍して感じるのは、生育過程で愛着について満たされたひととそうでないひとというのはなんというか、違うなあということ。違うというのはそうで、この世はそうあるようにあるのであり、好きにしてもよいし、適当にしてもよいし、生きものであることには特にそれ以上も以下もなかった。強いて言えば心地よさを感じ取れるじぶんがよいな。散漫な思考がいろいろ浮かぶときはひとまずくつろいでいるのかもしれない。すこしのんびりしたらおやぷみ。
