2026年7月3日(金)

めんどくさそう……市役所を往復しそう……と思っていたタスクに手をつけたらわりとするっと片付いた。偉業。メンタルが思わしくなかったため、夕から各二時間ほど長湯と散歩。うん、呪詛の巡る思考が徐々にフラットになるくらいの効き目。ということはお薬よりは効くという。お薬ラヴだった来歴のひとが書くとほどよい味わい。気分が落ちているときにはよいことへなかなか目が向かないものだけれど、きのうきょうと基本的なことがこなせているから誇ってよいよ。すこし前のことで思うのだけれど、こうしたいと打ち明けたときに止めときなよみたいな善意からのアドバイスが入るの、目の前の個人を超えてものごとの理が目に見えるかたちで現れている、と感じる。理による試しと徴しであり、他者からはぱっとしない賭けに見えるかたちで人生の選択をしようとしているということであり、リスクを取りに行く気があるということであり、であればじぶん自身に腹落ちして実行できたならどうあれ後悔はしないだろう、という。書き並べてみたものの、つまらんアドバイス要らんがみたいな反発がシンプルにありそう。経験者だったらどこをどうすればうまくいくか、あるいはどこをどうするとしくじるか、そうした実践で得た勘所を教えてくれるはずなんよね。そうでない者からのただ実行しないことでリスクを避けるアドバイスというのは実体が伴っていないわけだから、そんなのは聞く相手を間違えている。相手を間違えるのはじぶんに責がある。ぶつぶつ書いたものの、分かってもらいたさがどこかにあると不満が見え隠れする文章になるのだな。なにをするにしろじぶんが分かっていればそれでよいことだった。なんかのどが痛くなってきており、感染症だったらやだなーとか思いつつおふとんへ。あ、ちがう。これを書きはじめる前にアンゴスチュラビターズを舐めていたからだ。ともかくねむろ。

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