座禅草は午前の光を浴びて苞を広げており、産直や土手には菜の花の黄色を見かけた。自然には花々を軸にした色彩が少しずつ増えてきてる。ここ数日、歯茎の一部が腫れてる。そういえば食生活が偏っていたことに思い当たるものの、まあ今さら後悔しても、節々が疼くようなこの一連の気怠さは消えないしね。早めに眠るがよかろ。
2020年3月2日(月)


Netflixでトゥルーマン・ショーを観た。これは触れると元に戻れない作品だなー……。ずっと心臓が締め付けられるようだった。一切が監視され操作されているという観念は、僕のようなものにとっては笑えない、リアルな疑惑でありうるのだよね。被害妄想が現実であることを確信していくトゥルーマンの心情は、よく例えられる「世界が崩壊していくような」感覚だろうと思う。視聴を終えて、現実と虚構のあいだに風穴が開いたような気分。
国立天文台 4次元デジタル宇宙プロジェクト でフリー配布されているMitakaという宇宙ビューワーを使ってみてる。2019年11月14日(木)のことが気になっていたから、地球や太陽系近傍を俯瞰して眺めるソフトを探していたのだった。試みにその日の夕方の条件で弄ると上の画像の通り。なんとなく想定していた惑星とその軌道は一目瞭然で、太陽系の配置を立体的に把握することも思いのままだ。科学とテクノロジーすごい。こうしたソフトウェアを使って、惑星の運行や近傍の恒星の配置を覚えるつもり。脳内地球儀はもう自由に回せるようになっているから、これからは太陽系とその周りも拡大縮小出来るようになりたいのだよね。そうして眺める本物の空はたぶん、いまのそれよりも楽しくなるはず。
2020年3月1日(日)
三月入り。暖かい風に包まれると気持ちが軽くなるから、単純なことはいいことだなあと思う。宵ごろ急に思い立って部屋を掃除、のちごみ出しへ。空にはわずかな星と、朧な春の夜の月が出ていた。2019-nCoVの正式名称はSARS-CoV-2となったそう。
2020年2月29日(土)
明け方までラジアンFを聴いてた。閉じ篭もってちくまを読んだり、リングフィットで腹部を中心に動かしたり。レベルは125へ。
2020年2月28日(金)
スーパーへ買い物に行くとこちらも混雑していた。たぶんみんな、今のうちに食材や日用品を買い込み、出来るだけ閉じ篭もって週末以降をやり過ごすつもりなんだろう。接客業の人たちはこれからリスクと隣り合わせになるんだね……。2019-nCoV/COVID-19の情報については、厚生労働省のサイトと、神戸大学の研究者がまとめている2019-nCoVについてのメモとリンクから得ることにした。現状は震災直後のように情報が溢れているうえ、海外に目を向けても災害で似たようなものなので、関心を満たすためのニュースは摂取を絞ったほうが心の健康に良いんだろなと思う。さしあたってはリングフィットと本を相手にして、春の野辺に出掛けていく身体になろう。リングフィットのレベルはただいま116くらい。
2020年2月27日(木)
気候が弛んでくるにつれ、日に日に気持ちも解れてくるのが分かって、とても気楽。新型肺炎に関して一斉休校の要請が流れたことで、子育て世代の多いTwitterは上を下への様相になっているけれど。こういうときは情報中毒を経て感情に支配されやすいから、一歩引いて信頼できるソースだけを相手にするのが、おそらく正解なんだと思う。祖父がずっと微熱で寝込んでいることが唯一の気がかり。これは僕にはどうしようもないことだから、むやみに気を揉まないようにしてる。いまの新型肺炎で「適切に怖がろう」という言葉をちらほら見かけるけれど、僕としては衛生と行動に気をつけて生活して、そこから先はなるようにしかならないんじゃないか、不安や疑いを持つのはそれ自体が辛いことでしょう、みたいに思う。いくらか人ごとに感じてる節があるのは自覚してる。身内が罹患したら考えは変わるかも。
『ムーミン谷の冬』は昨晩読み終えた。最後の場面の、ムーミントロールが水浴び小屋を駆け抜ける描写が本当に優しい。冬のあいだぎっちり人が押し寄せ、春になりがらんとしたその小屋を背に、ひとり暗い海の眺めを思い出そうとする彼の姿が、何度読んでも心のやわらかいところを掴んでくる。ムーミンて光に透明感があるよね。この作品群に関しては現実の季節に合わせて味わうのが自分の楽しみで、四月あたりからまた『楽しいムーミン一家』を読み始めるつもり。そのあいだは優先順位の高い積ん読を。
2020年2月26日(水)
耳鼻科は案の定混雑していた。
邦楽のメインストリームに触れないまま生きてきて、最近になりやっとそちらに関心が向いた。この機会とばかりに Twitterユーザー1万人の「類友アーティスト」集計 [音楽] で頻出している名前を漁り、それらのベストと銘打たれたCDを送料ばかりのような中古で集めて、頭へ注ぐように聴いてる。おー、奔流という感じ。思春期からこっち、椎名林檎や米津玄師といった音楽界の大御所を一切聴かなかったひとがいま、時間的な奥行きを圧縮してそうした文化を一気に摂取しているので、考えようによってはかなりリッチな体験をしているんだと思う。アルバムの数がもうそれなりに積み上がっているから個別の感想を書くことはないと思うけれど、少しだけピックアップするなら、スキマスイッチの『マリンスノウ』の歌詞「世界がいま断ち切られて」が群を抜いて好き。沈んでいく感覚が気持ちいいのだよね。どのアーティストも強烈な個性で心に響くものを歌っていて、あーこれは聴こうと思って耳にしたら忘れないやつだなあ、なるほどたくさんの人たちに愛されるわけだなあ、なんて思いを現実に二回りくらい遅れて味わってる。みんなが聴く沢山の歌を自分の意欲が途切れないうちに触れておきたい。しばらく音楽に浸る生活のはず。
2020年2月25日(火)
雨降り。台所に立っているだけでも春の気配がする。
2020年2月24日(月)
春の穏やかな大気の日。
ここでちらほら触れている例の友達と関わることはもう無いと思うけれど、社会に憧れた人が居場所を見つけて満たされているのであれば、そこが僕自身の価値観と相容れなくなったのだとしても、その居場所を傷つけるべきではないだろうな。僕は気持ちが離れた相手に対して関係性をきっちり引き上げたがる性質があり、そういうの潔癖でしようがないなあと思う。別れずにはいられないなら、せめて優しさや感謝を示していこう。それに、人との繋がりにはもっといい加減さや緩さがあっていいはず。
Vineの後継らしいbyteをときおり覗いてる。オンラインの文化を創ってる世代が違うなあ。TikTokのネタをbyteに持ってくるんじゃない、みたいなキャプションの動画を見かけて、そんなものかと思ったりした。
2020年2月23日(日)
強風。晴れた空の下、那須連山は完全に消失していた。その雪嵐はまるで、冬の終わりに山々を分捕っていこうと咆哮する白い獣のようだった。遅い時間に道の駅へ出掛けてフリーマーケットをざっと覗く。広場を抜ける強風を避け、建物の陰に設営しているお店がいくつか。石油ランプのほか、このごろはガラスの花瓶も探してる。机の上に活けているあのかき菜のおかげで、花を飾るのもいいかもね、と思えてきたのだった。欲しいものは気長に探すと案外見つかるもので、ちょうどいいかたちの石油ランプをこのフリマでお持ち帰りしたことがある。花瓶ものんびり探すつもり。最近は氷点下になる日が減ってきて、夜風には緩やかな気配が混じってきた。三月の夜には蛍光灯、四月の夜はろうそくの灯の印象がある。
