2026年3月13日(金)

前に訪れたタイ料理の居酒屋でお昼ごはん。バミートムヤムナムコン(濃厚なトムヤムクンを使った具だくさんの麺)とラープイサーン(豚肉各部のスパイシーハーブサラダ)を食べた。あらためて思う。ここの料理、一品でおなかいっぱいになるボリュームだ。そして辛いのを頼むと手加減なしに辛い。唐辛子がレンゲで頬張るような具材として山のように投入されている。それらがなんかよくて思い出して来ちゃうんだよねえ。ヤムウンセンをテイクアウト。バンコクのM3レストランで夕餉にしたあの太め・ひんやり・はりはり食感な春雨のヤムウンセンの驚き、あれがじぶんのなかに確実に居場所をつくってるな……。そのあと地図で見つけた焙煎所へ。建物周りは温もりのある雰囲気で、中では薪ストーブなど焚いているらしく、着いたときから風のなかに木の燃える香ばしいにおいがしていた。お店の方におもしろそうな豆を伺い、コスタリカ・アグリビットのオレンジティピカとインドネシアのマンデリンを豆でお願いした。一階のその場では常連さんたちが雑談していて、二階もゆっくり過ごせるようになっているとのこと。炭酸コーヒーを注文して一時間ばかりそちらで本を読んで過ごした。帰り際、常連さんのひとりから車の色がいいねとお褒めいただいた。個人的にとても気に入っている色だけれど、人によって評価が分かれるものだなーと思う。それから帰宅して本の続きを読んだり、買ってきた豆を挽いて珈琲を入れたり。豆を挽くのはいつ以来だろってくらい久しい。浅煎りのオレンジティピカは酸味と爽やかな香り。いかにも珈琲という焙煎香からは遠い風味で、例えるならコーヒー豆を煎るキャラメル方向ではなく、生に近いジュース寄りにしているような印象。スペシャルティコーヒーってこういうのかなと思ったり。ちょっと検索したらエキゾチックという表現が出る、試験的でとてもおもしろい豆のようで、よく味わうと果物感が増すのかなー。きょうはあまり思い煩うようなことがなく、気楽に過ぎた日だった。きのう思い当たったことが影響しているのかも。回復したいのならじぶんをジャッジするのではなく徹底的に甘やかしてみる、そうして満たされることではじめて能動性や主体性が立ち上がってくる、こういったことを前提にしたい。

2026年3月12日(木)

午前中は元相談員の方と会って書類にサイン。そのあと元通所先へ立ち寄り建物の写真を撮った。うちへ帰ってきてからはその写真と併せてクチコミを投稿するなど。ほか、本を読んだり、のんびり。これが他者の言動に過剰反応してネガティヴ感情を増幅させる、じぶんの神経の誤配線だ、と腑に落ちる出来ごとがあった。ある種の認知の歪みと言い換えることもできるかもしれない。神経の誤配線≒生い立ちの傷。それをそうと捉えられると抑制が効いたようで、荒れそうになった感情はやがて静まったのだった。脳神経の配線には可塑性がある、というのが傷からの回復においては前提となるし、ポリヴェーガル理論だと制御できたという体感の積み重ねを重視するので、きょう腑に落ちたこの自己認識は大切にしよう。認知の歪みや愛着の傷というものについて考えていても、これがそれだという認識はなかなかむつかしいものだと思う。じぶんはなにかしらの考え方というものについて、腑に落ちて体感として身体に落とし込むという捉え方を通らないと理解に至りにくいんだよね。素直に外部の思考を採用できる要領のよいひともいるのだろうけれど、まあいいや。じぶんはこのありようをしているし、これはこれなりにうまくいっているよ。この誤配線は、こちらが内心怒りや不満を向けている他者と自己が内的に対立しているときの、その対立構造をつくるもの。対立を生じさせるのは自他境界の曖昧さからくる他者の他者性の受け入れがたさによるし、境界の曖昧さはそれを踏み荒らされた経験の積み重ねでできているだろうし、ひとりを好む性質がある時期において苦しめられた経験から、協調という生き残り戦略とのあいだで極端に揺れ動くようになってしまっている、その未だ解放/統合されずにある生存への苦しみとも言えるし、遡れば守ってもらえなかった、放っておかれたという生育過程での愛着の傷へと辿れる。これらによって形づくられているじぶんの側面は現在でも、こころに穴が開いているタイプの人々のパターナリズムや依存/支配/搾取性といったものを刺激するようで、そうした人々をこちらに引き寄せる要因になっている。……ここまで書いていて、考えていたことをふと思い出した。なにか嫌な言動を受けその場で言い返せずに不満をため込んでしまうタイプの人って、じぶんも含め多いと思う。こうしたひとに向かいがちなのが、その場できちんと言い返すべき、主張をするべきという意見。それをしないからそうなのだ、と。とても正論に見える。こうしたことについてはつねに表面の問題と根っこの問題、上流と下流の問題、そこへ至る経緯があるのだけれど、えてして行使しやすい論というのは表面や下流の話になっていて、それを形づくるおおもとの問題を扱わないことで論を強く雑にしている。この話でいうと、「なにか嫌な言動を受け」の際に発生する受け手の、とくに感情面での反応。ざっくりいうと、もし愛着形成に課題があったりするような場合では感情を受け止めてもらえたという経験が不足していることがあり、そうなると成長しても自身の感情把握がうまくいかなかったり、それに時間がかかり手間取ったりする場合がある。また、こうしたケースでは即座な闘争/逃走反応に向かえず、背側迷走神経系優位な凍りつき反応で対処してしまうこともある。このような「その場での反応が出遅れ、即座に処理できず溜めてしまう」人たちのバックグラウンド(ほかのケースもあるだろうけれど)を想定した場合には、その場で言い返すべき、という意見は雑駁であり行使しにくくなるはず。持論であるけれど、相手にそれなりに関わるつもりでなければ、その相手にこうすべきだという論調を向ける気はしない。もし自らの正しさを受け取ってもらいたいとしたら、その正しさだけでなく対話や信頼関係、引き受けが要ると捉えてる。……話を元に戻すと、いまじぶんが対処すべきフェーズとして念頭に置いているあれこれの課題は、誤配線がここにあるという、きょう腑に落ちた感覚で取り扱いがしやすくなるはずなんだよね。書いていたら長くなってしまった。ほかに浮かぶ考えがあるならそれは別の日に。ここで切り上げて、あとはのんびり過ごそう。

2026年3月11日(水)

いろいろ買いもの。そのうちタイヤ交換をしたら置き場所が要るねと思い、外の物置は手狭なのでそこにメタルラックを増やすことにして、ホームセンターで適当なのを見つくろった。ついでに去年いじれなかった小さな菜園に手を入れたくて、堆肥や川砂も購入。ボンリッシュやマウロの地中海トマトといったこだわり系品種の苗、まだ確認していないけれどもう予約終了になっていそうな気がするよ。電器店で冷蔵庫や電子レンジの相場を眺めたあと、スーパーや百均で細々とした用を済ませ、帰途。神長恒一、ペペ長谷川『だめ連の資本主義よりたのしく生きる』(現代書館)を読んでいるところ。生産性や資本主義から半身抜けた具体的な生きかたや実践が対談形式で語られていて、こういうのを知りたかった。なまの話がおもしろいなあ。読んでいるうちなんかやる気が出てしまい、昨晩はうまく寝付けなかった。杢はちゅ~るに興味がないみたいでさして目もくれないんだよね。歳を重ねたら変わるんだろうか。メタルラックとキャットタワーの組み立てはあす以降に。

2026年3月10日(火)

Googleマップの元通所先へのクチコミを書き直していた。前に一度投稿したら内容が具体的/個人的/ポジティヴすぎたみたいで、システムからBotかサクラ判定を受けたらしく非表示扱いにされたのだった。それについてはGoogleカスタマーとやりとりしてクチコミ内容を再編集したら表示される可能性があることが分かり、クチコミのどこの表現が引っかかったのかはChatGPTにガイドラインとともに読み込ませてみて当たりがついた。こういうの投稿したことがないから不慣れ。それでも修正版は用意して、分かりづらい建物だからあとで写真も撮って載せたら役に立つだろうと判断して保留中。きょうは雪降ったからね……。些細だけれどこんなことで役立てられたら。日中は本を読んだりして過ごした。ちょっと気分が優れないから床で横になる。

2026年3月9日(月)

腰の重かった作業を片付けた。額と額マットをあれこれ迷ったり額装に要る計算に注意して、いくつか注文。それから展示に出す作品をざっと決め、傷やよれがあるものを選び出し、それらの入稿データを作り直したりしてから、印刷所へ注文を送った。どちらも金額が大きいから慎重になるし見落としがないか迷うんだよね。でもとりあえず片付いた。届く日程によりけりだけれど、展示までにもう一度印刷注文をし直すくらいのゆとりはありそう。そんなことをしているうち夕方になり、買いものをして夕餉。じつは帰ろうとした際に車のスライド式ドアが半ドアのまま走り出してしまい勝手に開くという、身体がひんやりする出来ごとがあったのだった。慌ててすぐに車を道路脇に止め、元に戻した。それでまた走り出し、往来の都合でなんとなく道を選びさっきの場所へ一周してきたところ、ドアから転がり落ちていた荷物をひとつ、路上に見かけたのだった。またも焦ってその荷物を拾った。走り始めて思い当たったのだけれど、ドアの不手際は確かにしろ、落ちた荷物に気がつけたのは本当に運がよかった。なんとなくで元きた場所へ一周する道を選んだことでせっかく買ったものに気がつけたんだと思うと、幸運がじぶんを見守ってくれているような気がしてくる。この幸運を大切に抱えたまま帰ろうと思いながら帰途。なぜだか不思議なことに、じぶんには運の悪いときでもそれをカバーするような幸運にも恵まれている気がするんだよね。こういうのはかすかな呼び声に属するものであり、すぐ解釈や姿をあてずに、耳を澄ましたり感じ取っていよう。それから、仔猫の杢がかじり取ったタオルのかけらを飲み込んでしまった。出やすくする薬を飲んでいるところだけれど、出なければ手術になりそうで、気分的に静かだ。

2026年3月8日(日)

二度寝して昼ごろ起き出した。午後は知らないラーメン屋へ。牛骨のお店で、そのためなのかスープが甘くておいしい。スーパーで買いものをしたあとはホームセンターで仔猫のおもちゃやおやつなどを見つくろった。最近吐き戻しをするからストレスかなと思いつつ、だとしたら遊んだり触れあったりが足りないのかもしれない。夜眠るとき仔猫は居間で過ごすのだけれど、なにかストレスがあるとしたらそこなのかも。居室でいたずらされると困るのと、じぶんが薬でコントロールしているとはいえ猫アレルギーという理由で、いまのところ夜は生活空間を分けてるんだよね。それからニトリへ行きマットレスと敷き布団を買った。これは車の荷室に敷くもの。高いなー……。車中泊するなら宿代のぶんはすぐに元が取れるわけだけれどさ。数字を見てあわせても実際に敷いた際のサイズ感がどうなるかわからなかったから、掛け布団or毛布はまたあとで。車中泊なら寝袋が多数派のようだけれど、なぜ寝床にこだわるのかというと、寝袋って機動力はあるけれど疲れるし、それにぬいたちと旅行したいと思うなら個人的におふとんで一緒に過ごしたいのだった。大切なのはじぶんがなにをしたいか知ってることだよってスナフキンも言ってた。うちでは仔猫と過ごしつつ夜。こちらの手を噛んだら遊んでもらえないよということを、分かっていても夢中になるとする。その際ふと思いついて「シャーッ!」という声を出して叱ったら、しっかり効いたようで止めて逃げた。だめというしつけをするときにはこれからこの猫の言葉を使おう……。いつもより遊んだあとおやつをあげてこれを終わりのサインとし、ホームセンターで見つけた小さな寝床を机の脇に置いたら、そこで眠り始めた。これを書いているいまはクッションの上で寝息を立ててる。情報から距離を置いていると夜がゆっくり過ぎていく。これまでの過ごし方は忙しかったということかなと思う。机に飾った花屋の花は、そろそろ花びらが落ちたり萎れてきたのを、まだそこで眺めてる。花持ちは十日くらいかー。花もこんなところへ連れてこられて、べつに媚びるわけもなくありように従ってそこで咲いたり香ったりしていたのだろう。花の思いみたいなのをじぶんは考えているのかもしれない。とりあえず分からないというとき、不思議という言葉で済ませてる。花壇のお友だちみたいに思っていた花たちの美しさも知ったし、スイートピーの香りも知ってすきになったよ。仔猫が起き出してこのモニターを舐めてる。ここは刺激が強いし、眠たそうにしょぼしょぼしているから、今夜はひとまずケージへ連れていくのがよかろ。というか部屋から出せと言ってる。

2026年3月7日(土)

のんびり。情報依存の認知負荷を下げる、ということで始めたのが火曜だから、5日目。変化を感じ始めるまでに3日~1週間と想定し、変化があっても少しずつゆっくり感じるはず、と考えていたわけだけれど、どうだろ。べつにスマホ見なくてぼーっとしててもじぶんは退屈はしないたちだよというのがわかった、くらいだろうか。気楽といえば気楽かも。おくすりやたばこの依存から離れたときよりははるかに楽というか、そういうのはやめるという決意だけでやめてるんだから、やればできるんだと思うよ。際限なく求めることもあればのんびりしてるだけで気持ちいいとか言ったり、極端だな……。頬杖ついてぼーっとしてて気づいたことに、じぶんは大好きな存在で生活空間を満たし、構築してきたんだなー、というのがある。ぬいたちの側へ越境しているというのもあるし、品々のひとつひとつがお気に入り。そちらと向き合っていれば退屈するはずはなかった。風が立つすこし前のさっき、どこかからほう、ほほうという声が聞こえていた。あれは暖かくなってきた晩の声。

2026年3月6日(金)

定期通院先へ。情報依存を減らす+要求や変化を強いない休息というふたつの方針を採ることにしましたと先生に伝えると、そうしてやっていきましょう、とのこと。先生は価値判断を授けてくる方ではないし、前回の診察には静観という言葉が出たから、促す感じなら促すということなのだろう。べつにこうした読みを患者に求めているわけでもなく、言葉通り。そのあとGoogleマップで見つけたフィリピン食材のお店へ。ご婦人のオーナーさんにこれなんですかとかどうやって使うんですかとかあれこれ伺うと、知らないことをいろいろ教えてくださる。これ食べる? と、ごはんもいただいた。パスタとしらたきを足して割ったようなもっちり透明感のある麺に、玉子と小ねぎ、レモン汁、豚の耳のスナック(ガーリック風味)を砕いたもの、鰹節ぽいなにか……を和えてあるらしきもの。出汁の風味と鰹節の香り、レモンのほのかな酸味がおいしい。なんとなく話の流れでフィリピンのひとたちはタイのひとたちより酸っぱい味付けが好きと知った。その小さなお店にはフィリピンだけでなく東南アジア域に流通しているらしい食料品がたくさん並んでいて、なんかの葉っぱがソース状になっている缶詰(タイのひとが使うらしい)とか、フィリピンのくさや的な干し魚各種とか、気を引くものがほかにあれこれあった。一度きりではなくまたくることにしてお会計。ヌードル一袋をおまけしていただき、PayPayで支払うと、便利ね、とおっしゃった。そこでいただいた麺の食べものをパックに詰めたものを、お昼ごはんに、と渡してくれた。日程はまだ決まっていないけれど、暖かくなったらフィリピンのひとたちが集まってここでかき氷のイベントをするよ、とのこと。そこにしれっと混ざりたいな……。親切にしていただいたこともうれしかったし、知らないものたちに触れてあ~たのしい! という気持ち。そのあとカラオケで二時間歌っていた。やっぱり流行った歌はそれだけの理由があり歌いやすいのだなーという納得と、部屋や機材に当たり外れを感じるようになってきた。それから歌うとき、のどと胸の真ん中あたりから笑うような筋肉の使い方で声を出すと、実際に笑えているようなたのしさが湧いてきそうになるんだよね。お会計では店員さんが長い爪でがっつりネイルをされている方で、そこで話をすこし。塗った爪も伸びると生え際が気になるものだったり、指先と爪の境目は透けて見えるものだったりで、そこをうまく見せる方法のこととか。そのネイルそのものはお店でしてもらってるとのことで、左手が空色/右手が桜っぽい落ち着いたフクシアの春らしさだったり、デイジーの書き込み、きゅるんとした透明感やグラデとか、いろいろ伺ってみたいなーと思いつつ次のお客さんが来たのでお礼。からっとした方だった。夕餉はいただいた食べものや、うっかりネット注文したら通ってしまったフレッシュの栽培アミガサタケを使ったソテーとクリーム煮など。すみれやムスカリが咲くころアミガサタケが発生する場所はひとつ見つけているものの、数は出ないんだよね。採ったものをバターで炒めたらおいしかった記憶があり、ネットで販売情報を見つけたとたんポチってしまった。毒抜きもこんな感じかなという慣れ。すっとした品のある、濃厚なうま味。和のしいたけなら洋のアミガサタケとして売り場を占めるレベルのおいしいきのこで、これは栽培が安定したらスーパーに普及する味だよねえ。なんというかきょうは享楽って感じ。こうしててよいのかという思いが一瞬よぎっても、世の中やものごとの楽しさを身につけなさい、そうしてよいし、すべてはそこから、と思う。車を運転していてふと道沿いの木々や田畑に目を向けると、やっぱり認識にわずかな広がり、抜け感が生まれる。梅が目について、コブシやモクレンの花はまだ。こういうのはここに書きつけておくと習慣となって戻ってきそうな気がするよ。

2026年3月5日(木)

なにもせず過ごす。なにもせずというのはぬいたちと過ごしたり、花や風景を眺めたり、インセンスを焚いたり、ネイル塗ってたり、勝手に走る思考に任せたり、音楽に合わせて口笛吹いてたり、じぶんたちの声に耳を傾けたり、仔猫の相手をしてたり、ほかにもいろいろ。なんとはなしに5年前のいまはなにしてたっけとここを振り返ると、2021年4月末からNPOさんと関わるようになり本格的なリハビリへ入っていったようす。まずはひとと関わり社会性を取り戻そうというところから始まり、五年かけて仕事を辞めるまでの一連の経験をひととおり身につけ、ひたすら前のめりで走ってきた疲れを取ろうと休息に入っているのだな……。五年かー。長いとも早いともつかない、両義的な感じ。当時の思いとしては、踏み出したらひとりの安寧には戻れないよ、さりとて現状のままでいくといつか厳しくなる想定でいるほうがいい、現状もじゅうぶんしんどいのだから、他者に揉まれるしんどさでしんどさを越えていく見通しを期待してみようか、くらいだったと思う。漕ぎ出したらましになるかなという期待は、雑に言うならうっすら思っていたようによりきつくなってるし、お真面目に意味づけするならよく成長しているね、というところ。ひとつ感じることがある。本格的なリハビリに入る前な五年前の文章からは、いまよりも俯瞰が効いてじぶんをすこし離れ冷静に見、感じている視点を感じるんだよね。逆に言うといまの文章からはじぶん自身との間合いが近すぎてほかのものが見えない、周りの描写が効いてない印象。引きの撮りかたに対する寄りすぎる撮りかた。ずっとじぶんと向き合ってきたとはいえ、それゆえその自意識の窮屈さに気がつかなくなっているとしたら、自己と距離を置くのは選択肢。端的に五年前の文章には自然の感受が多く、またそうありたい、風通しや気持ちのゆとりを持ちたいと感じる。いまがその機会ということでよいのだろう。どうやって? というのはね、型から入ってみてもいいんだよ。疲れて閉じた生活に由来してもいるわけだし、ここに書きつけるネタのために外へ出てなにかを見てくるとかね。遠くを見よう。季節の現れを探してここに書けたらじゅうぶんに行動してるよ。……と、ここまで書いておいてきょう考えていたことを思いだした。じぶんに駄目出ししすぎ! 向上や変化を要求しすぎ! 休んでるときはほんとになにもしなくてよくて、それが唯一であるし近道でもあるの! まあちょっと距離置いて自然のほうは向くけどさあ。それから思ったこととして、ぜんぶ許してもいい、ぜんぶ過ぎたことだしね、許すというのも謎だしどうでもよくなれるし、これからのことは自由な白紙として手に入れたんだから過去の感情は心底手放してもよいからね、など。

2026年3月4日(水)

朝から耳鼻科のサイトで予約を入れ、診察を受けた。Webであれ予約はすぐ埋まるだろうからと開始時刻ぴったりにリロードを合わせたつもりだったのだけれど、1番の表示が出て即座に予約をしたら実際には7番。そのあとの予約状況をなんとなく見ていたら、午前も午後もその日の受付は一時間も経たずに満杯になっていた。じぶんに対して思った我先にみたいなのもどうかという気持ちは、結果的にはそうしたから診てもらえた、という。診察といっても定期的なアレルギー薬の処方なので手短に済み、年末の喉頭炎の検査結果もうかがった。常在菌の感染だったとのこと。とくに具体的な細菌ではなくふだんなら問題にならない雑菌だったということは、あの12月は身体の抵抗力が弱るくらいストレスでしんどかったのだな……。薬局で処方を受け取ったあとは市街のお店をふらふらしたのち帰途。車を運転しつつ音楽に合わせて口笛吹くのが気持ちよくて、すこし遠回りをしてうちへ。治療した歯の形状が微妙に変わったことで、それだけで口笛の音の出方がやり直しみたいなことになっている。情報から距離を置こうとすると、ぬい抱いて机に向かい頬杖をついているだけで、退屈せずに心地よく時間が過ぎていく。思考は放っておくと空ぶかしのエンジンみたいに際限なく回ってしまうから、その外側で行動できるとよいのだろな。ここで手が止まり、眠気の気持ちよさにまた頬杖をついた。今日はこれ以上内側を探さなくてよいよ。無為や眠気が気持ちよいというのは地味に極致のような。