2018年8月1日(水)

そういえば昨日、祖父から「用水路に大量にいるモロコを投網で捕った」という話を聞いた。モロコというのは、少なくとも僕にとっては聞き慣れない魚だ。祖父は、琵琶湖産の稚鮎を那珂川へ放流する際、一緒に付いてきて繁殖したのだろう、と言っていた。釣り場の候補としてそのポイントを教えてもらった。「放流は生物相に影響を与えるから細心の注意を払うべき」という意見は近年見かけるもので、僕も同調する。ただ、個人的になにかするわけでもないから、近くを通りすがれば様子を覗いに行く程度か。

先の梅雨から今夏に掛けて、雨があまり降らないという話を聞く。夏きのこ、と言うか具体的にはチタケが出ないような話だ。山歩きの得意な土地っ子であったおばさんは疾うに亡くなっている。今さらその術を継承したくても永く失われてしまったし、聞く限りではほかに山を得意とする親類もいない。だから、僕がそういうことを望むなら、自力でやるしかないわけだ。ひとりで山菜採りができるくらいのスキルはあるよ……。

2018年7月29日(日)

台風一過と言って良いくらい、午前からよく晴れた。カメラを持って雑草撮りに出掛ける。林道脇に青いノブドウがたくさん生っている場所があって、ころころした実が綺麗だったなあ。

宵から明るい月と虫の音。そういえば、台風が通れば季節の巡りも進むのだった。

2018年7月26日(木)

幾分か涼しく過ごしやすかった日。それでも日中は30度近くあり、連日の酷暑で感覚が少しずれている。宵闇から風を取り込んでいるとひんやりして快適だ。

月に一度の歯科検診で褒められた。今日はその記憶だけで十分ではないだろうか。

それから先ほど、播種して育てた赤花夕顔が一輪、暗がりの中で咲いていた。芳香が強いという触れ込みだったけれど、僕の嗅覚では嗅ぎ取ることが出来なかった。これから続々と咲いて、香りを放ち始めるのだと思う。

僕は四季の感傷を一つ先取りすることが多く、今は虫の音と秋の夜のことを考えて、胸がきゅぅとする。いつだか書いた、初夏の騒がしい闇にはなかった味わい深さ、ってやつだ。