虫の声がまばらになってきた。地元のアメダスは明け方に10度を割り込むようになってきてる。
上手く行けば明日午前十時ごろに、ベピコロンボ計画の船を乗せたロケットが南米から打ち上がるとか。
虫の声がまばらになってきた。地元のアメダスは明け方に10度を割り込むようになってきてる。
上手く行けば明日午前十時ごろに、ベピコロンボ計画の船を乗せたロケットが南米から打ち上がるとか。
2019年にWinampが今風の機能を備えバージョン6として復活する、という記事を見かけた。Winampは手元のデスクトップで音楽を聴くのに現役なため(確認範囲でVersion5.666が最新版なはず)、思ってもみなかった光がにわかに差し込んできた感じがしてる。個人的に音楽ファイルフォーマットをFLACで統一しており、Pro版を導入したりプラグインを入れたりでFLACの再生やリッピングにも対応してくれているのが、今なおWinampから他所へ移れずに使い続けている大きな理由だなあ。以前に音楽に詳しい人との話で、Winampが生き残っているのはUIの設計が優れているんだろう、ということを聞いた覚えがある。
一時期はiPod nanoを使っていたのだけれど、iTunesは挙動がもっさりしていて好きになれず、また頻繁なアップデートも煩わしかったりで、いつしか手が離れてしまった。バージョン6はそれに対抗できる全部入りなんだろうか。
あまり関係のないところで、Android端末では音楽再生にPowerampの有料版を利用してる。
東武宇都宮で開催されている写真展、岩合光昭の世界ネコ歩き2へ。ヴィーナスの誕生そっくりのポーズを取っている猫や、マフィアのような雰囲気の猫など。どちらかというと暖色寄りの発色をした写真が多く好感を持った。猫と風景が馴染んでおり、日付変更線を逆に辿る展示もテーマに沿っていてよかったのではないだろうか。
ついでに文具売り場にて、一日一ページの構成になっているノートを探すも、目ぼしいものが見つからなかった。来年まで時間はあるし、最寄りでもっと探そう。その後、バイク店にてメットを見繕い、帰路。
友達の「大切なものほど近くにあるからなあ」という言葉に、メーテルリンクの青い鳥のようだと返す。石造りの遺跡を探訪する夢を見る。
中島らも『永遠も半ばを過ぎて』を受け取る。そういえば一昨日に、同『今夜、すべてのバーで』を読み終えていた。読んでいてときおり鋭い指摘に悶えたりしたものの、らもさんの特徴は柔らかい文体にあるのかなーと薄ら思う。
Google+が来年八月末までにサービスを終了するとか。
蒸し暑く、日がな強風。夕刻の散歩が心地よかった。
このサーバーの設定にて、ドメインロックを有効にしていなかったためにスマホから閲覧出来ずにいたのを、なんとか特定して解消(したつもり)。
BayakaのImaginary InquiryはCDの購入履歴の中では非常に初期のものなんだけれど、薄闇と艶やかな音が交錯している情景は、何度聞き返してもまぶたに鮮明に浮かんできて、とても良いね。
「ムーミンパパ海へ行く」を今年も読了。これから「ムーミン谷の十一月」をかじるように読む。
山の上の木々は色づいてきていると聞く。
自覚しづらいことにメンタルがまたやつれてるみたいだ。自分の心というのは分からないなあ。でも、猫が手術をした三月くらいからこのかた、先が見通せない感じを抱えていやしないか。