2020年1月8日(水)

イランのミサイル空爆とゴーン氏の記者会見、やまゆり園の公判とが間髪を入れずにラジオから流れてきて、今夜の情報は錯綜してる感じがする。アメリカとイランの情勢をなんとなく読むにつけ、僕のいる社会はもともと欧米寄りなのだなあと思う。イスラム圏の立場で発信される(出来るだけ)フラットなニュースソース、というのが欲しいときはオンラインのどこへ行けばいいんだろう。

昨日積もった雪は今日のあいだにおおかた解けた。低気圧が通過していったため、各地で強風が吹いたりしたとか。このあたりの風はずいぶん穏やかだった。昨晩、雪のにおいと静けさを感じながら杉林渓烏龍茶の春摘みを淹れた。嗅覚の中に雪と花。冬にいて春を感じる。烏龍茶はやっぱり雪の降った晩に淹れるのが美味しい。

2020年1月7日(火)

日の暮れるころ降るそばから解けていた雪は、宵が過ぎるころにはあたりをまっ白に覆い、ほどよく積もって止んだ。木々から雪片が落ちる小さなぱらぱらいう音が聞こえるけれど、ふだん風景から届く夜特有のうなりは雪で遮られるのか、辺りはおおむねしんとしてる。あしたの気温は十度を超えるらしいから、この雪はすぐ溶けてなくなってしまうんだろう。こうした静かな夜には暖房器具を石油ストーブにしてよかったと思う。ラジオ深夜便を聴く。

2020年1月5日(日)

しぶんぎ座流星群は明け方に少し流れているのを見た。

明朝が今年最初の燃えるごみの日なので、夜のうちにごみを出してきた。ステーションの中にはもう、普段の朝くらいのごみ袋が積み上がっていた。明日になれば置く場所もないだろな。

今年は地元の花市(冬のお祭り)が開催されないとか。来夏の夏祭りも実施は検討中と聞いてる。

2020年1月3日(金)

なにごとも無かりし日。講談社文庫の『ムーミン谷の冬』が物理的に綴りが解れてばらばらなため、新装版青い鳥文庫のそれを購入したものの、視認性を上げるためらしくフォントが横に太い。個人的には以前の細い文字が好きなんだよねえ。仕方なく、ヤフオクで旧版青い鳥文庫の『ムーミン谷の冬』を落札し、今日届いた。さっそくこの冬に読む。

2020年1月2日(木)

ストーブの上でするめを焼いた。念入りに換気した今もなお、においの粒子が部屋の中に残っている。昼下がりに道の駅のフリマと産直を覗いた。駐車場から裏手の神社へ向かう家族連れの足どりに、なんとはなしの淑気を感じる。通路脇で煮炊きする、豚汁らしいごぼうと味噌の混じり合った香りが芳ばしかった。母によればあす三日に食べるとろろを三日とろろというとか。少し前に祖父の畑から掘ってきた山芋を使って、自分だけ一日早めなとろろごはんにした。昨夜はふとんに入ってから悪寒と視覚のほのかなぶれがあり、これは流感かなあ疲れそうだなあと思いつつ眠ったのだけれど、今朝起きたらなんともなくなっていた。無理をすると風邪くらい引くのかも。今日は早めに眠る。

2019年12月31日(火)

本棚のナウシカを一日かけて読破していた。こういう骨のある作品を読み耽るなら年の暮れに限る。腐海が終わった清浄の地へ皇弟ミラルパが駈けていった場面の、あの強烈な解放と憧憬に涙ぐんでしまう。腐海を見捨てることになるとしても、あるいは科学者たちの生命蔑視に荷担するのだとしても、僕なら墓所のヒドラが吹聴した「現生人類が清浄に適応するための技術」になんらかの反応をせずにはおれないだろなと思う。自分には個人としての視座ばかりが強すぎるかも知んない。そして良い味を出してるクロトワは、おでんで言うならしいたけかにんじんだな……。椎名誠の古本が五冊届いているから、正月はそっちを読むつもり。つい最近になって自覚が出てきたことに、僕は心細い知覚の不確かさをとっくにくぐり抜けてきたんじゃないだろうか。自然の変化や美しさを味わえて、日々の眠りを得られる幸せがある。断定には早いのだけれど、少なくとも、生存を保ち続けてきて、生を手放さなくて、よかった。そういうことをまともに噛み締めることが出来るようになっていた年だった。来年は心の安定感や他者との交流を大切にしていけたら。

2019年12月30日(月)

ざっと自室の埃を払い、掃除機をかけて、年末の掃除は終わり。日ごろ収納を心掛けていたから散らかってもたかが知れてるんだよね。そのあと、家族で買い出しに向かった。途中で母の車のバッテリーが上がってしまうトラブルがあり、僕ときょうだいとで残りの買い物を済ませ、あとはうちで過ごす。