月火と書き忘れたけれど、いずれものんびり。きのうは夕ごはんを外食にしたくなり、結果的にスペイン料理のお店へ。こういうの初めてだったけれど、お店のかたにうかがって基本の注文をお願いした。前菜のサラダ、バスク風サーモンとエビの煮込み、自家製パン、追加で牡蠣のアヒージョ、食べ終わってからはエスプレッソでのんびり。ごはんはおいしかったし、居心地よく過ごせたし、またいつか別のメニューを頼みに行ってみたいな。スペイン料理のお店って初体験だった。そしてきょうはだらだらと過ごして眠たい。ポケモンZAは未プレイなのだけれど、メガニャオニクスかっわいい。こう……いいよね。すき。SVにいるうちの一番手の子、ポケモンHOMEを中継したら連れていけるのかな。激しいアクション性は求めてないから次作でもこのすがたが取れるんだったらそっちに期待して遊びたいなー。
2026年1月11日(日)
昨日のことは書いたと思っていたのに忘れていたみたいだ。といっても昼ごろおなかが空いて街中へ鶏白湯を食べに行ったくらい。子連れのひと家族分、お店の外で並んだ。じぶんはなにかで行列に並ぶようなことはしないから、こうした時間はめずらしいと思って周りの景色に目をやっていた。その子連れの奥さんが「なかに名前を書くとこありますよ」と教えてくださり、お礼を言ってそうした。優しいのはこうした人たちであり、じぶんはその恩恵に浴していると思う。濃厚鶏白湯美味しゅうございました。とくに美味しいもの、この場合、煮卵は最後まで取っておく派。おなかは空っぽだったはずなのに、ひと品食べたらもう満足というあんばいで、こうした料理の量ってよく加減されているねえ。あとはうちでのんびり。机のうえのヒヤシンスは芽が膨らんできて、もしよく覗いたら花芽も窺えるかも。そしてきょうはなにもせずひたすらのんびり。これが身体の求めていることで、それに応じられていると感じる。ごたごたがあったあとながら誰も責める気はなく、怒りの呪縛からいま解かれている、普通の気分という楽さ。じぶんの生きものとしての性質、いずれ変化するということに委ねて、当分はこんな感じに無為という贅沢でじぶんを潤していく。いまは港のうちで船の帆をたたみ、波の音を聞いたり潮の匂いを嗅いでいるところ。潮が満ちてきたとか季節風が吹き始めたとかは、身体の内なる感覚がそのときに教えてくれるよ。
2026年1月9日(金)
定期通院先へ向かったあと、モスでアボカドバーガーを食み、郵便局で書類を出そうとするも細かいチェックに引っかかり懇切にアドバイスを受け、それから元通所先で仕事先へ説明に向かった件の報告を受けた。それから帰ってきてe内容証明で書類を送り、ぼんやりするうちに夜更け。眠たいし眠るがよかろ。当座は自由で、その寄る辺のなさや情が割り切れなさを伴うことも含めていろいろ思う。何年ものあいだここの雑記は人間沙汰にまみれて忙しく窮屈だったから、リハビリ前の自然への感受が生きていたころの内容に寄っていけたらよいなと思う。じぶん、ここまでよくやりました。時間を決めずに好きに過ごせばよいよ。
2026年1月8日(木)
のんびり。気分は比較的落ち着き寄り。あすは予定がいくつか重なるから、ひとまず郵便局での段取りを確認して揃えていた。内容証明には国家資格を持った職員が必要で、その職員が出勤してくる時間帯、書類の二重のチェック、必要そうな時間、そのあいだに別の発送物を出したりと、ひとつひとつこなしていけばよいわけだけれど、どうだろ。
2026年1月7日(水)
朝、問い合わせをしたところ、確認というよりスタッフさん方が企業としての筋を通すために雇い主とやりとりしたことの報告とのこと。ほっとすると同時に、いろいろ複雑な思いがある。こちらの緊張はスタッフさんに伝わっただろうし、報告を受ける際にはひとことお詫びしたほうがよかろうな。宵からの長湯やインセンス、ホットミルクといったもので、おなかはかなり緊張を弛めてくれた。体調はクリスマス前の週から崩し続けているわけで、ほっとする夜の時間というのが久々に近寄ってきた感。ここで夜更かしするより休息を取ったほうが回復早かろ。
2026年1月6日(火)
歯科へ。うちで過ごしていたら元通所先から電話がきて、金曜に面談を行いたいのできてくださいとのこと。どういった内容でしょうかと伺うと、昨日の面談の確認をしたいと。その場ではつい了承したものの、あまりの違和感におなかが気持ち悪くて寝込んでいた。こちらが気まぐれで動いたと思っているのかなとか、独自の動きをしないように考えを変えさせたいのかな、という憶測が働いてしまう。いまは眠って、明朝連絡を入れよう。確認というのは変なんだよね。体調がきっつい。
2026年1月5日(月)
職場での面談はキャンセル。そのあと元通所先で面談を設定してもらった。自分の都合を通すための説明がかなり多めになった感。話は通してもらえたし、支援との関わりかたの再編集にまで話題は及んだし、それでよいよ。作成した書類が状況を動かしたと感じる。帰ってきてからはのんびりしていた。身体やおなかは優秀な野生のようで、状況的には退職への段取りまで具体的に決まりすでに安心と自由を得た状態になっていても、警戒や緊張にフォーカスして不安を伝えてくる。ので、だいじょうぶだよと語りかけたり、ぬいとランプの灯りで過ごしたり、インセンスをいろいろ焚いたり、あたたかいものをすこし食べたり飲んだりして、そしたらいくぶん緊張を解いてくれた。自己決定することの頼りなさをおなかはよく知っているみたいだ。いまはなにか結論を出す必要もないし、なにかに飛びついたりしないのが自然なあり方だろなと思う。夜は緩んでよいし、一晩眠れば気分はいったん整う。自我は安心や自由や大切にしたいもののためによい仕事をした。獲得したそれらに身体や心が慣れてくるのを、生活するなかで待とう。
2026年1月4日(日)
夕方、お寿司を食べに行った。うん、食欲はあるにはあり、すぐにもうおなかいっぱいとなるね。身体を労るということは、必ずしも身体の欲求全てに応えるということではないのだな。たまに行くその寿司屋でいちばんすきなのは食べているときより、あの粉の緑茶を飲みながらぼんやりしているとき。余韻や幕間、でなければ喫茶店にいるときのそれだけれど、かちっと決まったコーヒーや紅茶ではなく、寿司屋の湯飲みで飲む適当な粉茶だから流れる特有のひととき。あすの面談はやむを得ない事情によりキャンセルとし、そのままハッピーエンドへなだれ込む。エンドのあとに続く日々はまた考えていけばよいよ。おなかはきのうよりは警戒を解いており、できることに取り組んで道筋をつけた自我を褒めたいところ。明朝は元通所先とのやりとりを早めに交わしておきたいから、ほどよいところでおふとんへ。
2026年1月3日(土)
年末に職場で雇い主から、支援者を交えた面談の時間には賃金を支払わない、だからその分はもう給与から引いて渡した、その件について合意をつくりたいから支援者と合意をしてくるように、と言われていた。支援サービスへの気にいらなさ/嫌がらせなのだろうけれど、それで後ろから撃たれているのはじぶん。そんな金のためにお気に入りなこちらを手放すわけ。もう辞めちまおうねえ。おなかはずっとこの状況がストレスだと主張して緊張し、固くなっていた。かわいそうに。自我は身体を守るために行動すると決めたので、もういっさい対面せずに済むような契約終了通知書・兼・賃金取扱い照会書をChatGPTと首っ引きで作成し、支援サービスへは状況説明と1月5日(月)の面談そのものの是非と具体的な選択肢やアプローチについてメールを送った。戦うと決めたじぶんの念入りさ、おもしろいね。やはり対処するということは強い。テンションが上がるようにヤマト2199のOP曲を流してる。でも、日付を越えたこのあたりでひとまず一段落ついた。あとは身体と心にもうだいじょうぶだよと語りかけるための時間。わたしの舵には誰も手を触れさせません。
2026年1月1日(木)
一日じゅうのんびり。しんどくなったり眠くなってリセットされたりするうちに夜。このままおふとんへ行くのが好ましい。
