カウンセリングへ。療法をはじめるのかと思っていたものの、きょうはあれこれ話もありつつ、苦痛に感じることを対象化して評価基準を定めるあたりまで。ソマティックな取り組みは次回、木曜日からの予定となった。面談のペースがもっか週に一、二度という、月換算なら六回くらいになるだろうか。かなりのハイペース。それだけ話が早く進むのは下地作りはしてきたということでもあるだろし、そのように要望しているこちらの意思でもある。支払っている額が額なだけに、投資、という感じもそれなりに。対象化された件ふたつに対してトラウマの度合いをまずテストしてみると、25点以上で判定となるところ48点くらいと24点くらい、という結果。思考への侵入という要素が強めだとか。ここで散々書きつけている、呪詛と表現しているものがおそらく近い。ここから毎回療法と並行してテストを行い、変化は数値化もして計ることに。苦痛が軽減されるならなんにせよ歓迎だよ。愛着の継承についてある程度把握はしていたものの、内的作業モデルという枠組みの名前は今回知った。八月下旬から展示やなにやとスケジュールが埋まっていたのだけれど、もうそろそろ一段落しそう。案内はがきを置かせてくださった各喫茶店へ、回収とお礼に回る都合があるんよね。別に義務ではなく、誰も急ぐようになんて言っていないのだから、できるときすることにする。前回の面談でカウンセラーのYさんも話していたけれど、完全に回復した状態でもないのに動けるからと動いた結果として過放電になり、それで回復にむやみに時間がかかってしまうのはあるあるだとか。なにをする/しないかの取捨選択は自分で身につけていくしかないようで、学習するなら早いほうがよいそう。今回の作品展を含めた一連の期間は行動しすぎだったかもね。直近のここに書きつけている内容が短いあたり、気力切れした感じ。チャンスを逃さないという基準はおそらくいまのじぶんには負荷が高い、というのがぐったりしてしまうな。よい機会が舞い込んでも適度に見送ったほうが総体として好ましい循環へ入っていける、というかチャンスを掴むことばかり考えていると循環から出てしまうのだな。療法では前頭前野の過活動を抑えることで脱感作をつくり、耐性の窓に入ることを目指す、ということで、ひとまずゆっくりしよっか。
