2026年6月17日(水)

午前中は通院先で一時的な眠剤などの処方を出してもらった。夕方になり、気分転換のドライブと散歩、そのあとの長湯をそれぞれ一時間強ずつ。辛くて苦しいのは、悲しみの負荷を身体が脅威と判断して感覚を内側へ閉じさせているから、そのうえで感情は内側から溢れるものなのでその状況だと風船のようになるから、と思った。悲しみは閉じるより開いたほうが気持ちとして流れやすくなる。それで午後以降は身体の感覚を開くことに意識を向けて過ごして、それが奏功したみたい。感覚が閉じる/開くというのはなんとなく体得的にできる。Radio gardenでタヒチのラジオ局の音楽を聴いたり、車を運転して風を浴びたり、そんなことをしているうちに身体が歩くことを求めているのを感じてそのように。感覚が開いていくときには風に土や木のにおいがすることや、日差しの強さに反して物陰の涼しさが心地よいことを感じ取った。きっとしばらく悲しいだろう。そのようにあってほしいと望む気持ちもある。あす午前中にガスの工事。

2026年6月16日(火)

日曜日の朝に仔猫の杢が亡くなった。急に容態が悪化して帰らなくなった。辛くて悲しくてやりきれない。喪ってから悲しんだり後悔するなんて馬鹿みたいだ。その日は曇りで、月曜には雨が降り、火曜のきょうはまぶしいほど晴れた。その眩しさにこころが反発してざらつくのを感じる。杢がきてくれて、今度こそもっとうまく愛せる、そう思ったのに、そうはならなかったんだよ。土曜日はふたりで部屋で過ごして、そのときいちいち背中を向けて寝てくれたんだった。でも。けれど。庭のくちなしが咲きはじめているのを見つけて手折ってきて、机の上に活けてから、こんなときでも花を飾る、と思った。花が咲くのは誰の都合でもないからだ。あるいは花の美しさがじぶんの感情に輸血してくれているのかとも思ったけれど、輸血し損ねた杢のことを思うとそんな発想には胃がむかついた。きょうは溜まっていた洗い物や散らかったものを片付けて、身の回りをすこしすっきりさせた。生活に支障が出ているから、あす通院先へいって一時的に眠剤と安定剤を出してもらおう。悲しみは突然やってくるし、時間が経てば和らぐことも軽い吐き気がするくらいそう。しばらく立ち止まったりしゃがんだりして過ごすことだけを考えればいい。この悲しみが残された杢の輪郭のように思えて、これを手放すことも抱え続けることもつらい。怒り以外の感情が水のように淡いじぶんがこんなに悲しんだり後悔するなんて、どこにそんな感情の出処があったのかと考えて、そんなことをこんな形で知るなんて具合が悪くなる。泣いているじぶんを俯瞰しようとする思考も鬱陶しい。この三日間はだいたいおふとんのなかでぐったりしていた。うちの仔たちが如実に痛みを和らげてくれていることを感じて、身体とこころを預けるように過ごしてる。いまは考えなくていい。身体が受け止めるのを待つほかにどうもできないからだ。ほんとうに、喪ってから悲しむなんて愚かだ。夜闇の向こうからふくろうかみみずくらしき声が聞こえる。そんなことに気がつくくらいのゆとりは戻ってきたということでもあるし、ものごとがこちらとなんら無関係だということもでもある。なにを見るにつけてもその無関係さを読み取って、痛みを感じたり気持ちが和らいだり、そんなことばかり。書くよりも眠ることで癒やしたほうがいい。眠れるかわからないけれど。

2026年6月13日(土)

おもては晴れており、猫と部屋で過ごした。夜更けになってから、鳥取は湯梨浜の汽水空港で購入した本の詰まった段ボール三箱を車から積み下ろし、部屋へ持ってきた。やっと。いい本ばかり手に入れた、必要なものもあればあこがれるものもある、と背表紙を並べつつ思う。ZINEもいろいろ。ここから一週間ほどはたぶん、ひとと会う機会が続く。無理しないでよいよ。ひととの交流に気を遣わないということにも洗練があるものだし、言うなら要る。ひとまずあすは夕方の撤収を済ませたらそれでよし。

2026年6月12日(金)

目が覚める前の夜明けごろ、おなかが痛くておふとんのなかで呻っていた。そこへ猫が起きてきて部屋へ入れろと主張するので、無理、みたいに無視してしまった。起きてしばらくすると痛みは消えていたけれど、なんだったんだろ。九州旅行のおりたぶん鶏に当たって以降、おなかの調子がやや不安定。それはともかく、朝はギャラリーへ向かいマルシェの設営。それから昼前に移動して定期通院先で診察を受け処方を受け取ったのち、タイ料理店でランチメニューのトムヤムフォーを食べ、またギャラリーへ戻って過ごした。いま読み返したらトムヤムフォーとか、おなかはどうなったん。夕近くにお世話になった元通所先のスタッフさん一名が来訪したので、近況報告含めた雑談や、ほかの方々へのスタッフさんのご紹介。じぶんは新顔の一参加者であり不慣れなことでもあったけれど、状況的に務めは果たせたであろ。スタッフさんをお見送りしたのちじぶんも離脱。大勢のうちのひとりとして気を張ることがなくてよかったように思うし、それはそれとしてひとの多いところで過ごすというのは前提として疲れるというのもある。場末のこんなところだから書くけれど、じぶんがいるとそれだけで場がやわらかくなる、みたいなことはいくつか言われてる。それはそうで、社会性を消費し続けることで気配りはしてるんだよね。きょうは大部分いるだけだったわけだけれど、そこにいたことでいい雰囲気を提供できてるのかな。それとも前提を変えて、疲れることは止めてよいよ、というほうに行く? 別にいまは問うほどでもなく、なんとなく前者でそつなく行きたい感はある。誰のためにやってるの? と問えばじぶんのためになるほうを選ぶがよいよ。それは最終的に居心地がよくなるほう、という羅針盤。マルシェは三日間続くから、撤収間際に再訪する予定。気疲れは確かなのだし眠るがよい。

2026年6月11日(木)

なにもせず。作品タイトルだけ、印刷してスチロール板に貼り付けたのを作った。あす朝の設営に必要なものは手元にある、と思う。元通所先へマルシェ参加のお知らせを送っておいたら、あす来られるスタッフで見学にくるからそちらもその時間にいてもらえたら、という返信が。とりあえずそのようにして主催側にも軽く話を伝えることにし、ここしばらくのスケジュールについてぼんやり考えるでもなく思う。まあね、会えるひとと会う機会のないひとがいるとしたらそれはものごとの成り行きであり、じぶんに起きないことがあってもそれはそれでいいんじゃない。いま感じるめんどくささやだるさもおおかた気候やフィジカル由来であろ。さっき猫が部屋にきたので床にいた。のどを鳴らしたり毛繕いするようになったのは安心材料。高栄養食のほか、サバやアジやメヒカリの焼いたのや、さまざまな液状のレトルト、おやつ用カリカリをもらってる。もういくら舌が肥えてもいいから食べて血を作ってほしい。モニターの前でぼーっとしているときというのはもう眠ったほうがよいとき。おふとんへ入って明朝へ時間を回そう。

2026年6月10日(水)

ラックを組み立てて炊飯器やレンジを置いたり。猫はいまドアを開けさせて入ってきて、のどを鳴らしながら机に上ったり脚にまとわりついてる。ぺたんと伏せてて撫でても無反応だったときと比べると、動けて気分もよいようだけれど、どうだろ。いまキーボードの横へ上がってきた。じぶんは旅から帰ってきてしばらく消沈している感じだね。それはしかたのないことだろな。金曜からギャラリーに展示があり、汽水空港さんで紹介していただいた作家さんの個展が都内にもうしばらくあり、そのタイミングで行ってみたい空間もあり、じゃあどうする? という。どうするというのは言葉のあやで、身体が動くように導線を引きたいねという。そういうときは夜更かしを控えるといいんだよ。節度や分別に対してその正しさを微妙に軽んじているところがあるのだけれど、それはそれとしてまあ、という。今夜は冷えると思って外気温計を見たら14度。春の初めのころなら暖かい夜の大気に身体が緩んでいただろうに。つくづく人間は適応の生きものだなあと思う。そして気候には年較差と日較差がある以上、どのスパンでも適応は時間差になり、きょうは暑いとか蒸してだるいとか言うのだろう。

2026年6月8日(月)

しとしと雨降り。関東はきのう梅雨入りしていた。細々とした用事を消化。猫は自室へやってきてはのどを鳴らすくらいの体調。先日はのどを鳴らすこともできなかったくらいだからましなのだろうけれど、容態が急変しうるのは猫をはじめ小さな生きものの常だからね……。焼き魚はわりと食べるようす。別の話として、それがなにになるのか分からなくてもできることはしてみる、なにがどう育つか分からない以上は水を撒いて世話してみる、そうした手探りの実践の段階だなーと思う。ひとと会ってどうするの? あるいはどうしたいの? なにを期待しているわけ? といった言葉はひとまず横へ置いておく。ひとと会いたいの? と問えば、べつに、となるのはそうだね。そのうえで願いではないことを義務感でしているのか、じぶんがじぶんを越えていく機会を嗅ぎつけているのか、分からないなーと繰り返しつつ模索するのが吉。セルフビルドした方とそのおうちをすでに二通り拝見し、本もそれなりに入手したわけで、セルフビルドについては現実にしたければそれは可能なんだよ、という実例の答えはもう得てるし、それはひとと会った結果。というか、こんな形態で生計立ててるひとがいるんだ、というその多様さを知ることができるのはひとと会えばこそ、ということを今回の旅で知ったでしょ。例えとして、写真だけだと食べていくのに80点以上求められるとして、花、庭、言葉、旅、暮らし、薄明かりの時間、写真から逸れた領域、そういったものたちの掛け合わせでニッチをとるなら、各40点くらいずつが目標になる。そうしたことをなりわい的に根付かせて収益に変えて行くには時間が要るし、そのあいだを生きのびるための稼ぎなり消費しなさなりはこだわりとは関係なく手がけることになるし、なりわいを成り立たせるためメインの収入源は別に確保、みたいなのもあり得る。というかそうして本業と共にセルフビルドと製作を成立させてきた方と知り合ったわけで。ニッチを取るというのは細々とした営みだし、それも成立してればまだよいほうといったあんばい。このへんはすっきりまとまった考えではないし、それは当然で、できることから行動してみてその先になにかあればそっちへ行ってみるんだよ、という。書くことが散漫になってきているのは眠るしるし。

2026年6月7日(日)

ギャラリーさんへ訪問してお土産を渡したり、展示に出す作品の要件を伺った。喫茶店で行う個展の話も。それから市街でラーメンを食べ、ホームセンターでは猫の食べられそうなとろみ系フード/おやつ系カリカリを見つくろう。猫は流しに飛び上がってくるくらいの力はある様子。なかにちゅ~るが入っているカリカリはおやつにあげていたのが好みにつながっていたのか、これなら食べるという反応。スープ系はまだよくわからないな……。刺身と焼き魚は出しても見向きもしなかったものの、元は食べたがっていたものでにおいも強いし(温もりとにおいは猫の食欲につながる)、強制給仕と食欲のタイミングもあるから引き続き試してみる。メールをふたつ書いてタスクをいくつか消化。ことし初めてのすいかを食べた。インドのお香がいま200種類近く、ボール箱にみっしりと入って手元にあり、少しずつ焚いていくつもり。いまのとこHEMのMOON/EROTIC/MAGNOLIA(モクレン)/PALO SANTOとTULASIのFRANGIPANI(プルメリア)がすきな香り。じぶんに楽をさせるなら、タスク消化を優先したほうがよいのだろうな。

2026年6月6日(土)

3日水曜に帰ってきてた。ここに書くのはやっぱり日々の習慣で、しばらく途切れることがあると書くことそのものを忘れがち。猫が一週間近く前から食欲不振になり、血液検査したらひどい貧血とのこと。病院の先生から受けた説明によると、可能性としては造血がうまくいっていないか自己免疫疾患で血液が壊されているか。その検査の結果はまだだけれど後者の線で見ているとのことで、どちらにしてもする治療は同じ、基本はステロイド。ただそれもすぐに効果が現れる状況ではなく、選択肢としてはほかの猫からの輸血もあり、それはステロイドが功を奏してくるまでの保たせ。輸血がきっかけで血液自体が増えてくる場合もありうる。ただ猫の場合は人間のように血液バンクがあるわけではないため、協力してくれて血液も適合する猫が見つかるかは不確実。現状で一番大切なのは食べて体力をつけることで、出された高栄養食を基本はこれくらい、行けるならこれくらい与えて、との指示を受けた。医師としても頑張るけれど場合によっては覚悟してほしい、とのことだった。貧血の猫らしいぺたんとした姿で少しでも涼しいところを見つけて寝てる。ので、勝手口の内窓をすこし開けて外の風がすこし入るようにしたところ、そのへんにいる。撫でていてものどを鳴らす気力もないようで、かすかにぐるぐる言っている。できることは決まっているから、食べられそうなものを見つけてくることだ。フードも色々試すけれど、焼き魚や刺身ならどうだろうか。しばらく先のわからない日々になりそう。来週末に開かれるマルシェで展示する作品の件でギャラリーのオーナーさんに連絡した結果、あす伺うことに。元通所先へその日程を連絡しておきたい都合もあるんだよね。それと、その気になれば喫茶店二軒で作品展をひらける選択肢がある。自宅二階に置く冷蔵庫など買い、その配送が来週火曜に。二階のキッチンを使えるようにするためにガスの工事の依頼が必要。書類手続きで市役所に行かないと。歯の治療も早めに。察しは付いていたけれど、旅から帰ってきたらすることが多いね……。人生の変わり目には大変なことが立て続けに起こるもので、それは訪れるその後の下準備のようになっている。変わるために通り抜ける、外力と内圧でもある。主治医が言っていたことだけれど、大変なことはひとつ乗り越えればまた次がやってくる、それをひとつひとつ対処していく。基本はそれ。なんというか特にテンションと呼ぶようなものもない、静かな晩。