2021年3月20日(土)

起きたら身体が筋肉痛でごわごわいうようだった。日没後に地震があり、宮城沿岸に津波注意報が出た。雨はさらさら降っている。このタイミングでがっつり降ってくれたほうがアミガサタケ探しには有利だから、野辺を潤す雨が明日中続くことが内心うれしい。

2021年3月19日(金)

軒下の横にあるごみ穴から植物ごみなどを運び出し、代わりに庭の奥から土を持ってきてその穴を埋め立てた。作業が一段落したあたりで疲労と筋肉痛を感じたので切り上げ。こつこつ進めるつもりなら身体を小まめに労ろうな。いまがいちじくの定植の適期だからそのうち取りかかる予定。

2021年3月18日(木)

一日中、庭の作業に取りかかる。長いこと埃をかぶっていた縁台は水を掛けてたわしでこすり、埃を洗い落とした。おかげで思いのほか綺麗になったから、これからは二つとも庭に出し、気楽な腰掛けとして使うつもり。敷地の奥を木切れや植物ごみ置き場にするため、いまある枯れ枝を細かくして扱いやすくしたり、枯れ草やフェンスのつる草を払ってその場での作業をしやすくしていた。そのため右手の中指にまめができた。あしたはその奥から土を運び出して窪地にし、軒下近くのごみ置き場のごみとその土を交換する予定。それから使わずにある鉢植えなどをいまある場所から一時的に移し替えたい。そうすれば外壁にストックヤードのようなものを検討しやすくなると思う。鉢の土いじりする場所を決める必要があるなあ。とても疲れた。きょうはもうごろごろして早めに眠る。今年もアミガサタケ探しをするつもり。日曜から月曜に掛けて予想されている雨は、トガリアミガサタケ発生の条件である「桜が開花する少し前から」とも重なるため、探すなら絶好の機会になるはず。

2021年3月17日(水)

軒下の整理の続き。残っていた種まき用土とトレイを使い、チャイブとニゲラの種を蒔いた。トレリスに関しては、地元の金物屋さんに問い合わせてみたところ、ワイヤーメッシュ(建築のコンクリに入れる補強材)の細めのを小ロットで取り寄せられるかどうか、仕入れ先に問い合わせてくれるとのこと。こういうものがありどこへ問い寄せたらよいかも分かっていたら、ハンモックを編むなんてことは選択肢から外れたかもしんないな……。ともあれこの件は折り返しの電話待ち。ホームセンターで赤玉土などを買った。クレマチスを植えるなら株元の環境をいい感じにしてやりたいのだよね。というのも、この植物は花付きが大切だからだけれど。夏場に活躍していたサーキュレーターは物置から出し、内部を掃除しておいた。

2021年3月16日(火)

トレリスとなるべきものがとりあえず一枚(1m×2.7mサイズ)できた。ハンモックの作り方を参考に、ロープをひたすら結びつけていったもの。あんまり結び目を作ったため、両の親指の爪が剥がれて少し血がにじんだ。できあがったものは構造上ゴム紐のような伸び方をするから、実際にこれをトレリスとして使うときには、支柱かなにかでフレームを作って張力を掛ける必要がありそうだ。気がかりなのは、風でこのネットが揺すられたらクレマチスは折れるかもしれない、ということ。まあ、補強のための支柱はホームセンターで買えるものだしね。耐候性で選んだポリエステルのロープだけれど、ちらっと検索してみると、この素材は着色に難があるのかもしれない。お安い水性塗料に漬けて干し、ざっくばらんに目立たなくしてしまいたいところだ。1m×2.7mと1m×1.8mのハンモックをもう一枚作れば、クレマチスを植え付ける算段がようやく現実になる。やればやるだけ進捗になる類いのものだから、こつこつやろう。

2021年3月15日(月)

各地でとうとう桜の開花が始まったそう。祖父宅の土手から野蒜と菜の花を取ってきて夕餉とした。『パーマネント・バケーション』観た。これはこうでしょみたいな結論は出てこないまま、映像の洗練された感じを綺麗だなーと思った。根無し草な若者の孤独が断片的に映し出されるのだけれど、それらは誰かに理解されるとか交流して痕跡を残すということがないまま、川べりを流れる木の葉のように、すっと立ち去っていく。僕が二十歳のころにこの作品と出会っていれば、この流れゆくような、抗うには慣れと諦めしかないような、どうしようもなくただそうであるという孤独に、共感できたのかもしれない。監督ジム・ジャームッシュという人物の作品リストを見ると『コーヒー&シガレッツ』の人だった。あーそうか、この二つの作品には結びつくものがあるかも。あとでまたこの人の別の作品を観てみたいと思った。きょうは庭の作業も書くことにも無力感があり、ひとつも着手できずにいた。

2021年3月14日(日)

疲れてずっと寝ていた。6mmx200mのポリエステル製ロープが届いた。ぐるぐる巻いてあり、一抱えある大きさ。ロープ素材のうち耐候性に優れるというのがポリエステルだった。これを編んでクレマチスのトレリスにする。素材の白さは目立つから、できあがり次第、なにかで染めて目立たなくするつもり。ソニーのポータブルラジオICF-306を使いはじめた。もう五年以上、ICF-9というより小さめで旧機種なラジオを毎晩眠るときに付けているのだけれど、これはデザインが垢抜けていないのが気がかりだった。これだけヘビーユーザーなのだしもう少し新しい機種にしてもよいな、と思ってのこと。新しく来た機種は重量が倍、本体は一回りか二回り大きいけれど、スピーカーの大きさに加えて受信感度が向上しているのか、音は聞こえやすくなった。そのへんの音質を求めるとシンセチューニングとかデジタル方面なのだろな。僕が重視したのは先代(ICF-9)並みの電池持ちのよさと、そこにプラスアルファの性能だったから、今回新たに使っている機種はわりといいなと思う。機能性を求めるとどうしても駆動時間が削がれてしまったり、より多くの電池や外部電源を使う必要があったりで、そのへんは一長一短なのだよね。先代も今回の機種も、単三電池を二本使って一晩中付けっぱなしにして、十日くらい保つ。僕がラジオに親しみを持った切っ掛けは十年前の震災だったから、長時間使用できることは機種を選ぶ上での前提みたいなものになっている。今回の決めては音量操作ダイヤルの操作しやすい形状だった。

2021年3月12日(金)

『七人の侍』観た。胸をぎゅっとつかまれるような居たたまれなさというか過酷なひりひり感に、最後まで釘付けにされながら視聴してた。彼はなんなのという思いで見守っていた菊千代が、次第に侍と農民をつなぐ存在に見えてからは、子供たちからなつかれたり親を喪った孤児のために嗚咽したり、複雑な背景を持つ魅力的な越境する人として映った。終盤、勝四郎と志乃の抜け駆けじみた行いからの、勝四郎が尊敬していた久蔵の死という流れが、ほんともうこっちまで居たたまれなくて。徹底した容赦のなさは引き込まれた要因だったかもしれない。この映画はいろんな作品に影響を与えているという情報をなんとはなしに摂取してきたけれど、それはそうとして漫画ドリフターズの序盤はこのへんが大元ぽいな、みたいによく分からない発見が自分の中で先行してしまった。それはともかく引き込まれたおかげで、途中に休憩パートが挟まれているような尺の作品にもかかわらず、最後まで一気に観てしまった。今日はこの映画を選んでよかった。