2010年10月3日(日)

運動せねばと思い立ち、昨日買ってきた万歩計を持って散歩に出掛けた。手頃な距離の所に神社があるのでそこを目指し出発。

普段全く運動らしい運動をしていないので、歩き始めること十数分でヘタる。息切れはしていないのにふくらはぎの辺りがぱんぱんになり、神社に着くまでに計四回ほど休憩を入れる事となった。そういえば八月の半ばに自転車で海へ行ったが、あの時はふくらはぎより太ももの辺りの筋肉が腫れたなあと思い出し、ひとくちに足腰を鍛えるといっても色々あるらしいことを実感。

田畑の稲は見たところちょうど今頃が刈り時らしく、割合で言うと半分ほどの田んぼが刈り取りを終えていた。途中でおっさんと雑種犬が綱引きをしているところに出くわす。おっさんは犬を軽トラックに乗せようと、犬は車を嫌がっているのか、視界の端でチラ見しているうちに犬が首輪抜けをして稲刈りの終わった田んぼまっしぐらに逃げていってしまった。そんなおっさんと道をすれ違って少し苦笑いの挨拶。彼は慌てる風でもなく犬が逃げた方向へ車を向かわせるのだが、犬は追いかけっこのつもりでもいるのかどんどんあぜ道を走って行く。あんな風に軽々と走れたらいいなあと思いつつ興味が逸れたので再びひたすら歩いた。

那須篠原玉藻稲荷神社農道をてくてく歩いて行き、気がついた時には目当ての神社への入り口道。「那須篠原玉藻稲荷神社」とある。農道脇の石碑からおよそ200メートルほど奥まった林の外れに境内へ至る参道があり、その手前にこじんまりとした駐車場と公衆トイレ。朱の鳥居の横には境内案内略図が立っていて、神社の由緒と云われがこう書かれている。

那須篠原玉藻稲荷神社

ここは、お稲荷さんと称える作神さまと玉藻の前(九尾の狐)の神霊とを祭った由緒深い社である。……

建久四年(一一九三)源頼朝が那須遊猟のときこの社に参詣したという伝えがある。また元禄二年四月十二日(陽暦五月三十日一六八九)松尾芭蕉は、この篠原の地を訪れている。……

……また九尾の狐退治の伝承地としての「鏡が池」と「狐塚」の霊を移したという祠がある。なお「狐塚趾」は、ここより北東の地の県道沿いにある。

芭蕉の里 黒羽町

最後に黒羽町とあるのは平成の大合併で我が市に編入された町のことで、その頃からこの案内板は変わっていないのだろう。参道の回りに広がる杉林は下草から落ち葉まで整然と掃き片付けられており、どうやら近所の農家の方か誰かが常に手入れをしている模様。参道脇に小さな石碑があり、「稲荷神社創建八百年記念 奉献鳥居一基氏子一同 平成五年二月二十日」とある。僕は氏子ではないものの年始の初詣にはここを訪れることにしていて、大晦日の晩にはたき火が焚かれつつ、かなり多くの人々が年越しをしにやって来ているらしい。

御稲荷さんのかけら鳥居の脇の足下には、ところどころ欠けた陶器のお稲荷さまとお賽銭が置いてあった。社殿の脇ののぼりに正一位玉藻稲荷大明神とある。稲荷神社の裏手にはよくキツネの巣があったりするものだ(だから稲荷神社が立つとも)という話をどこかで聞いたが、裏に回ってみたところ本殿の延長が山の斜面にくっついていて何があるのかはよく分からなかった。初詣の時のお供え物には油揚げとお酒のワンカップがよく見られたけれど今の時期は農作物、りんごや梨らしい。正一位玉藻稲荷大明神 駒狐様とちびコウ実は家を出る際に財布を忘れてしまい、本殿の前でお賽銭をしていこうとして鈴を鳴らしたときそれに気がついた。二礼二拍手なんとかだったか、参拝の細かい作法なんて僕は知らない。とりあえずお賽銭を忘れたことを心の中でわびて、写真を撮るときと鳥居をくぐるときにもお辞儀をした。それぐらいでも良いだろう、また散歩で来るだろうし、とりあえずは。

狐塚祠こちらの写真が上記の引用の中にある狐塚。かなり小さい。玉藻の前、白面金毛九尾の狐伝説の一つの最後の地(諸説あるが)としては何ともあっけない感じだ。鏡が池この狐塚祠の鳥居の手前には小さな湧水池があり、季節になると周囲にミズバショウの群落が白い大きめの花を付ける。この「鏡が池」にもいわれがあって、へたくそな写真しか撮れなかったので文章で引用しておく。

八溝県立自然公園

鏡が池

三浦介義明が九尾の狐を追跡中、姿を見失ってしまったが、この池のほとりに立ってあたりを見まわしたところ、池の面近くに延びた桜の木の枝に蝉の姿に化けている狐の正体が池にうつったので、三浦介は難なく九尾の狐を狩ったと伝えられ、これが鏡が池と呼ばれるようになったという。

池の縁に立って辺りをざっと見まわしてみたが桜の木はどこにもなかった。むかしむかしのお話、ということか。玉藻の前の詳細についてはこのリンク先の「玉藻の前 – Wikipedia」をどうぞ。

さてさて。参道脇のベンチに腰掛けて休憩を取ることしばし、ふくらはぎをよく揉んで軽くならしてから帰途へと出発。前半よく歩いたのが効果があったのか、休憩したからかは分からないが、足取りもだんだん慣れてきたものだ。僕は飽き性なので、来た道とは別のよく知らない脇道に入り自宅方面へ向かって進んだ。農家の前の草むらで雑草と化している朝顔だか昼顔だかを見つけ写真に撮るうち、花が赤と水色との二種類あることに気がついた。小振りな花で葉っぱがカードのスペードのように丸いのが特徴。ヒエの畑脇の草むらでも元気よく雑然と蔓を伸ばしている。外来朝顔そういえば、と以前Webで見掛けた新聞記事のことを思い出した。今引っ張ってきたこの記事がそうなのだろう。アサガオ類、全国で雑草化 大豆畑覆い、収穫妨げる 記事には、夏から秋までだらだらと開花して、とある。すでに十月の頭で日差しの強い日中に、まさしくだらだらと咲いている。見るぶんには構わないが除草のことを考えると投げ出したくなりそうな生え方だ。

再び歩くうちに犬の散歩でたまに通るあぜ道に出た。ここから自宅まではさして、と言っても今来た距離を考えればのことだが、遠くはない。気力も出てきたし、道脇のアザミやら落ちている栗を拾ったり、近所の梨畑から聞こえてくるラジオに耳を澄ましたりと、足取りも軽いもの。そうこうしているうちに昼のサイレンが正面にある鉄塔から鳴り渡ってきた。自宅を出たのが朝の十時少し前だったから、休憩を除くと一時間半ほど歩いていることになる。最後の道は上り坂でふくらはぎが腫れるようだったが、とにかく足を引きずらないように注意を注ぐ。ようやく家に着いた、と思うまもなく我が家の犬がすさまじい剣幕で吠え掛かってきた。大抵のことでは吠えない犬だが、何をどうしたのか見知らぬ他人と間違えたらしい。こら、と呼びかけて近づくと、一瞬妙な顔をしてお腹を見せるように仰向けに転がった。この野郎。

自室でくつろぎながらお茶を飲み、パソコンを付けてちょいちょい弄り、はっと思い出して万歩計をジャージから引っ張り出した。僕は万歩計なんて使うのは初めてなので、歩ききってから何歩だったか見るのを楽しみにしておいたのだ。液晶の表示板を見ると2686とある。そんなものなのかな、もっと歩いたような気がするけどな、と各種機能を弄っていて気がついた。表示を逆さまに見ていたのだった。正しい結果は9892歩、6.92km。もう少し歩いていれば一万歩か。まあ常日頃から出不精の僕にしてはよく動いた方だろう。これからも出来るときは歩いてみようか。

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