雨につきお休み。雨は昼前から上がったため、溜まっていた用事を片付けにあちこち買い物をしたり、書類手続きや投票をしに市役所へ行ったり。クリニックへ電話を入れ、A型・B型肝炎ワクチンの予防接種、の三回目の予約はあすに取れた。ペーパードライバー教習は教習所へ飛び込みでも大丈夫らしかった。ホームセンターでスウェーデントーチというものを見つけ、思わず買ってしまった。切り株に十字の切れ込みが入れてあるだけのものだけれど、この構造ならロケットストーブのように効率よく給気して燃えそうね。うちでは『リュミエール!』を観た。映像記録の黎明期、シネマトグラフという装置をつくったリュミエール兄弟による映像集、108作。映像というのは現れた当初から面白さや驚き、滑稽さといった要素を強く含んでいたのだなーと思う。よくも悪くも情動に訴える娯楽、エンターテインメント向きの形態。おなじくフィルムを使う写真は当初、霊的なものを写し取れるのではと考えられていたり、その後は芸術の一表現として延びていくわけで、こっちはなんというか、真面目よね。後半にはらくだの隊商が行く映像があるのだけれど、たぶんオスマン帝国のそれだよねと思うと、そんな歴史上の存在にしか思えないものが映像として残っていて目にしたという驚き。各地に大帝国がまだ生きていた、19世紀の時代性や雰囲気ってずっと興味があるなあ。シネマトグラフは当初50秒ほどしか記録できなかった(そのために演技の指示など工夫もあった)とのことで、なんとなく、ショート動画SNSというのは源泉を踏襲している感。夕餉にて、庭のフェンネルのつぼみを大量に刻み、オリーブオイルと塩でお刺身に和えたのを食べた。フェンネルのつぼみや穂の部分、密のような甘さがある……。もしかしてこれを単体でサラダにした場合、花の蜜のように甘いサラダができるんだろうか。あすあたり関東で梅雨明けの発表があるのではとか。梅雨明け十日の晴れ間をぬって二泊三日くらいの遠出はどうだろうと考えていたものの、いまはのんびりしたいみたいだ。身体感覚をくみ取るのだいじ。
2025年7月16日(水)
朝は産直を覗くなど。ChatGPT相手に楽しさを感じられる手ごろな娯楽を相談するうち、ベランダで小さな焚き火をしたくなった。そういうガジェットがいろいろあるねえということで、スターリングエンジンのキットや水生生物観察ケースなどとともにポチる。巴波重工の卓上減圧蒸留器というのが気になるけれど、これはちょっと手が出ない。ハーブやそのへんの植物からアロマウォーターを取り出せたら、水たばこ的に喫ったりスピリッツに垂らして飲めたりできる? あすの雨は半端な時間に上がりそうね。
2025年7月15日(火)
ときおり強い雨が降る梅雨も終わりの空模様。洋楽の名盤を中古でポチったり、『プロジェクト・ヘイル・メアリー(下)』を読んだり。
2025年7月14日(月)
台風の影響で雨降りにつき、水曜までお休みの連絡を入れた。ぱっとしない体調の日で、こんな日には早めに眠るのがよい。弱ってしまった茉莉花については、挿し芽で増やしてあった株を一回り大きな鉢へ植え替え、部屋へ持ってきた。花が咲いているところ。
2025年7月13日(日)
買いものがてらお店でラーメンとぎょうざを食べ、模型屋さんでばら売りの花火を見つくろい、書類の更新をしに市役所へ行くとお休みだった。うちでだらだらと過ごすうちにもう日付が変わりそう。あすあさっては台風の影響で雨降りになりそうなんよね。ねむろっか。
2025年7月12日(土)
『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上)』を読み終えた。おもしろい物語ならこんなに早く読めるのね。下巻もそのうち届く予定。
2025年7月11日(金)
定期通院先へ。最近いかがでしたかと言う先生と「ふつう、ですね。働いて休んで……」「素晴らしいじゃありませんか。感謝の気持ちを持って」というやりとりをした。こうした場でふつうの持つ意味を考えるとほんとうにそう。駄目だったあるときから不思議に舵が働いてここまできたのだけれど、周囲へとおなじくらい生のかすかな呼び声に感謝。そのあと買いものをはしごして帰途。なんだかきょうは心が凪いで余計な思考もなく、楽。『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上)』を読みはじめた。物語に引き込まれる面白さ。少しずついちじくが出回っているので、お手頃なのを見つけてたらふく食べたい。
2025年7月10日(木)
雨降りにつきだらだらと過ごす。
2025年7月9日(水)
早めに仕事を切り上げてうちでのんびり。しばらくお休みにつきだらだら過ごす予定。
2025年7月8日(火)
早めに行って引き続き草刈りや植栽の剪定などし、早めに上がり。あす行ったらしばらくお休みにすることにして、おふとんでゆっくりする。臥せっていた時期は別枠として、じぶん、関わってくれる人々から褒めていただくことの多い生き方をしているように思う。そう感じるということなのか、そうした人々と関係をつくりやすいのか、褒めるところが多いのか、とまで考えてこそばゆくなった。こうした性質はこれまで搾取的なタイプに狙われやすいことと裏表だったから、一概に喜ぶところでもないんだけれどさ。こんなことを書くのも、仕事先で手入れした箇所についてけさ奥さまから「(同僚の)Tさんが絶賛してた、いままでで一番だって」と言われたため。いままでというのは歴代の庭担当の人々。こんな感じでしょっちゅうできばえを褒めてもらっており、たしかによくやっている部分だと思うから、やる気は出るよね。こういうのはたぶんもう謙遜とかは要らなくて、実力だと思っていい気分になるところなのだろう。以前友だちから、「(かつては)褒めてるのにぜんぜん受け取ってくれなくてじれったかった」と言われたことがある。疾患を通した失意みたいなものは自覚しにくかったけれど、たぶんそこはいろんなものを麻痺させてやり過ごした(うえで回復にも手間取っている)くらいにはきつくて、やっとそれとなく変化した箇所。きのうと比べてきょうは余計な思考もあまりなく、楽。夜の庭には虫の声が増えてきたような。
