2021年2月26日(金)

きつねのコヤンカは村いちばんの先端恐怖症でした。勢いよく生えるひげがもし目に入ったら、そう考えるだけで身がすくむため、伸びたそばから切断していました。初めのうちはそれで幸せに暮らしていたのですが、次第に自分たちの鋭角な耳、鼻づら、そしてしっぽが気になりだしました。続かない。

果物市場で文旦を見繕ったり、カメラ屋でストラップを見たり。手元のカメラストラップが駄目になったことを理由にピークデザインのコネクタ+アンカーリンクを手に入れたので、そこへ通したいストラップで手頃なものが置いてあるか、探しに来たのだった。革製のストラップは高いなーと思い、店内の品揃え豊富なマスキングテープの棚を漁る。なんというか誘導されやすい客だと自覚はあるけれど、カメラ屋へ来る客層とマステは相性が良いようにも思える。自分の知る限り、近隣で数が揃っているのはこことダイソーくらいだしね。それから、地元の方々による写真展が市役所で開かれているとのことだったから、ふらっと立ち寄った。特に展示室があったわけではなく、一階通路沿いの飲食ブースに作品が額装されてあるのをひとりぽつんと眺めて回る。フィルムのなまめかしさと透明感はいいものだ。ヒツジグサかなにかの水草が水面に浮かんだまま紅葉している写真は、水を写した暗さの中にすべての色彩が揃っていた。あれがいちばん印象に残ったなー。きょう唐突に降ってきた「きつねのコヤンカとおおかみのマズルカ」という完全にネーミングが先行したネタは、むやみに消費せず温めたほうがおいしいかも。ふたりはいつもなかよし及び凶悪さで知られる強盗グループ。たぶん。

2021年2月25日(木)

少々寒い日。枝が一本枯れてしまった小くちなしは、さらにもう一本の枝に付いた葉が黄色く萎れてきた。原因が分からなかったのだけれど、きょうよく見ると、枝の下のほうに膨らんだ箇所がある。すでに枯れた枝にも同じような特徴の膨らみを見つけた。もしかしたら、枝の中に虫が入って虫こぶをつくっているのかもしれない。そうだとすれば、枯れた枝と問題なさそうな枝との位置関係も説明が付く。そこで表土へオルトラン粒剤を目分量で小さじ1杯ほど撒き、根からの吸収が早まるよう霧吹きで粒剤を溶かしてから、軽く水をやった。仮に虫こぶだとするとなんの虫だろ。屋内なら冬場でも病虫害への注意は払ったほうがよさそうだ。もっと早く気付いてやれたらよかったな……。ともあれ、今後数日で葉になんらかの変化が現れることを期待してる。

2021年2月23日(火)

移植に取りかかりだった庭の真ん中あたりへ土を足し、埋もれていた木材などはあらかたより分け、苦土石灰や堆肥を漉き込んで均した。これでこの件は本当におしまい。一月十九日に始めたから一ヶ月かかった。そのあいだに軒下や物置の整理も始めたり、運び出した庭木には移植先を掘ってやったりと、ひとりでほかのこともやっていたわけだけれど。少し寒い日が戻ってくるようだし、庭の作業はしばらく休む。

2021年2月22日(月)

多少ましにはなったものの、依然気が滅入る。こういうときは食べて眠ってよく休むのが最善手。よくあることだけれど、内面の乱高下によってままならなさや上手くいかなさに絡め取られると、さっくりと気分で失望してしまうな……。日ごろ見たり思い出したりする必要のない事柄にまで焦点が合ってしまい、まるで車がぬかるみでスタックするように、ネガティブな気分にはまり込んだまま消耗してしまう。車も心も基本的なところから対策すればいずれ脱出できるから、焦りから距離を取って過ごすつもり。

2021年2月20日(土)

図書館で新たにクラシック音楽のCDを借りた。楽天にてことし蒔きたい種を注文。オルレアやスイートピーは当地では秋蒔きがおすすめらしいから、室内でビニールポットへ播種し、大型連休へ向けて促成するつもり。いちじく2品種の植え方と仕立て方はおおかた決まった。アーチペルを庭植え+開心形か主幹形とし、ビオレソリエスは鉢植えで一文字仕立てを目指す。庭と鉢に分けるのは冬場の寒さに対するリスク管理込みでのこと。でかい鉢かプランターが必要になりそうだ。

2021年2月19日(金)

久しぶりに道の駅の産直を覗いた。冬の終わりは作物のバリエーションが単純なため、ふらっと巡ってすぐに出てきた。それから図書館へ向かうと休館日。部屋の壁に図書館カレンダーを貼っておきながら、こういう日に限って確認しなかったのだった。そんなこともあるよ。買い物を済ませてうちへ戻り、外の物置から人形ケースを運び出したり、掘り返した場所の整地をしたり、鎌を砥石で研いだりクレマチスの誘引などを、日が傾いてくるころまでやっていた。『イル・ポスティーノ』を観た。亡命中の詩人と郵便配達人の交流を描いた作品。せりふはそれほど多くないけれど、交わされる言葉や思いは豊かだった。詩人ネルーダが島を去ったあとの郵便配達人マリオが、残されたレコーダーを活用してメッセージを吹き込みながら語る「あなたがいなかったら詩など書かなかった」という言葉が、混じるものなく美しかった。友を失った詩人の顔に浮かぶ一瞬の微笑みと翳り、そして呆然とした表情のまま思い出多い断崖の下へ立ち尽くす姿に、明るい音楽と相まって、悲しさへうまく接続できない痛みを感じた。このラストシーンの日差しの明るさや寄せては返す波の静けさは、地中海の小島のそれなんだろうか。感情がひとつにまとまらずに終わる、じんわり目が滲むよい映画だった。

2021年2月18日(木)

『コンスタンティン』観た。いい男のいい喫いっぷりで映像から間接的にニコチンを摂れる作品だった。ラストは健康志向だけれども。終盤、神と悪魔の両陣営が猫の子にするようにキアヌを奪い合っており、ご家庭のいざこざに巻き込まれた図式が色濃くおいしかった。ルシファーが地上へきたがる息子について言う「男の子は手が焼けるよぉ」とか、所帯の匂いがむんむんする。人間に抱く感情の重さから暴走し、天国のおうちを追い出されたガブリエルだけれど、この人(もう人)が人間の痛みやいい加減さに染まって地に足がつくという堕落をするところ、あるいはいつまでもヒトへの巨大感情を保持してズレた発言をしているところ見たい。おいたが過ぎたからそれくらいは。ポチった椎名誠の文庫が届いた。『ぼくの旅のあと先』の表紙に映る椎名さんは、この肉体で辺境をルポしてきたわけで、さすがに貫禄あるなあ。特定の個人の半生を知らないよりは知っている、という状態も変なものだと思う。そうか、生きていると、人生の重みというやつはこんなふうに感じられてくるのだな……。地元図書館のWebサービスを使えるようにした。当面の目的はクラシック音楽のCDにあるから、サービスを活用することはさほどないと思われるけれど、表示される貸し出しランキングが新鮮だ。このランキングはある面で僕と世間との接点だろな。

2021年2月17日(水)

日差しに力が戻ってきたせいか、陰影を含んで動きのある雲を見かけるようになってきた。北海道では数年に一度の暴風雪だとか。当該の低気圧が台風のように渦を巻いている、野口宇宙飛行士がISSから撮影された写真を見た。たまには椎名誠の本を読むかと思って新刊を検索すると、相変わらず何冊も出ていた。なにより。そのなかで手に取りやすい文庫の『ぼくの旅のあと先』『かぐや姫はいやな女』をポチる。創作に登場させる地名は紙媒体の地図帳から拾うべしという主義なのだけれど、手元にあるものだとどうしても縮尺とページ数から来る限界がある。ので、棚ぼたで手に入れたい物品リストに『最新 世界大地図』(小学館クリエイティブ編)を加えたい。見開きでA2サイズあって本棚に収まるものなのか謎。