2020年12月11日(金)

通院のついでにユニクロで長袖のシャツを見繕ったり、ダイソーで大掃除のためのぞうきんやスポンジを買い込む。祖父宅の物置には梱包されたひな人形が複数あり、それらを人形供養へ出すにしても一度取り出して確認する必要がある、という話を、昼に祖父宅で落ち合った母と交わした。今後のうちの方向について兄弟と話す機会があるかもしれない。録画しておいた『落下の王国』を観た。なんの話だろと思って流れを追ううち、病室のふたりと語られる内面の旅とが相互に影響しあう話なんだと合点がいった。果てしない物語のよう。絶望している青年が少女に言うことを聞かせようとして即興で語る物語なので、旅の仲間にダーウィンが唐突に出てくるのだけれど、その相棒のお猿がウォレスという、ダーウィンにとってライバルな博物学者の名前だった。いいのかと思ってみているうち、終盤でそのことをちくっと皮肉にする場面があり、悲劇的な一方でむふっとしてしまった。励まされた青年が内面の危機を乗り越え、旅の物語も一区切りつく場面で、物語に入り込んだ少女が傍らでのっしと腕組みをしている。その妙に貫禄のある姿が愛おしかった。そこへたどり着くまでにくどいくらい絶望が語られたためか、ぼやきに近い独り言をした青年に対しても、まあよかったじゃないのと素直に思える。そして少女のモノローグで流れた映画作品は見覚えがあるもの。あとで検索したらバスター・キートンという喜劇王の出演作で、そういう話だったのと茶目っ気を感じさせる映画でもあった。事前に聞いていたとおり衣装や舞台がやたら豪華で洗練されており、登場人物ひとりひとりの個性を際立たせることにも成功していたと思う。僕の目にも分かるくらいだから、これらの仕立てや撮影場所はよほどこだわったんだろうな……。楽しく観ることができてよかった。

2020年12月10日(木)

日中は曇り。夕方から青空が覗き始めた。日没直後に、ISSがほとんど天頂をまばゆく通過していくのを、たまたま居合わせた母と見た。友だちにも見せたいと言っていたから、今後は観望の条件がよい日を定期的にチェックしておけたら。日中に立ち寄った果物市場では、みかん箱を持って並ぶ人たちの列ができていた。そうした風景に出くわしても、今年はなぜか年の瀬の感じが希薄なままだ。いまくらいの時期は寒さも手伝って夜景が綺麗だから、今月中に市街を見下ろしに行けるかどうか、考えを少し留保しておく。柿に粉チーズを振って食べるのがおいしい。年内に空き缶のごみを出せる日はもうわずかだと思い、さっきごみ袋三つ分を回収場所へ置いてきた。空き瓶は来週の今日に。クリスマスと新年のあいだの不思議な緩急を持った六日間を余裕ぶっこいて過ごしたいのだよね。居室の窓磨きと家全体の掃除や片付けをぼちぼち始めようと思う。それと祖父宅の物置の整理も。

2020年12月9日(水)

月曜朝に撮った写真の編集はやっと一段落。作業に集中するほど、いま見ている色や構図が適切なのか、ずれているのかが分からなくなる。作業中は目を休めたり気分転換も含め、慣れから離脱する時間を小刻みに設けようと思った。明日の夕方はISSの観望条件がよいから晴れてほしい。

2020年12月8日(火)

きのう撮った写真を引き続き編集中。たまたま知った『旅行人』という雑誌に興味を感じて何冊か取り寄せた。数年前から休刊しているものの、バックパッカーなどその筋にはよく知られた旅雑誌だそう。日本の古本屋 を始めとしてバックナンバーを漁ったところ、中古でもそれほど値崩れせず取引されていた。中身はというと、いい感じに硬派で現地の雰囲気が充実してる。思った通り、これは創作の資料にもってこいだ。日曜の整理のさなか、ほかの年寄りたちの言動に思うこともあった。誰それとはもう付き合うなとか、誰それはパチンコばかりで挨拶もしないとか、どこそこの職人に作らせたという道具自慢だとか。文字通りの村社会でそうした楽しくもなさそうなことを繰り広げているのを見て、僕は閉じたコミュニティの濃密な人付き合いの場からは距離を置いて生きていこう、と思ったのだった。

2020年12月7日(月)

二十四節気の大雪。今朝は大霜が降りた。青く白く様変わりした風景に金色の朝日が浅く差し込み、朝もやと相まって非日常的な眺めが広がっていた。こういうのは一瞬で消えてしまう。思わずカメラを持って家の周りをうろつき、そのへんの凍り付いた植物などを撮った。登校する近所の小学生たちとすれ違って挨拶したけれど、僕はうさんくさかったかも知れないな……。日に照らされた霜はさっそく溶け始め、立ちこめるもやも徐々に薄くなってきていた。霜の青白い部分と日差しとをうまく収めようとしたのだけれど、これを書いている時点でまだデジタル現像しておらず、どんな感じに書き出せるか不明。一週間後のふたご座流星群の日は天気予報に雪のマークが出てる。流星観望のために晴れて欲しい。

2020年12月6日(日)

朝から日没まで祖父宅の物置を整理。田舎の人脈を実感した日だった。金属類は懇意にされている回収業者さんへ、木材は近隣の引き取ってくれるお宅へ、それぞれ本宅のおじいさんの伝手で、軽トラの荷台へ積み込んで運搬した。使い道のありそうなめぼしい物品はおじいさんの知人がいくらか引き取ってくれた。あのおじいさんがいなければ物置の荷物はなにひとつ片付かなかったに違いない。古い釜や調理器具を始めとした金属はきょう回収してもらい、叔父の漫画や衣類・家具は来年1/14の野火の日に燃やすこととし、ほか食器や人形などは後日また来て要り用なものを選別したりお焚き上げに出すこととして、最終的にあまったものは市のクリーンセンターへ持ち込む予定。祖父が使うつもりで残していた籾殻は、二回に分けてクレーンで軽トラへ積み込み、おじいさんの田んぼへ人力でばらまいた。そちらはあとで耕運機を使って攪拌するそう。文字通り一日じゅう動き回り、眠気を催す疲れを感じてる。そう遠くないうちに物置自体を解体するかも知れない。祖母の桐箪笥については母が無駄にしたくないと言っているから、オンラインを活用して引き取り手を探すことになりそうだ。個人的には残っている食器に気に入るものがあるかも知れないから、その整理が気になる。時の止まった物品に触れて感傷を催す余裕もなかったけれど、そういうのはこれから時間差でやってくるかも知れないしね。きょう未明、はやぶさ2が放出したカプセルの帰還する中継をリアルタイムで視聴していたのだった。上層大気へ突入したカプセルは前回のはやぶさほどの激しさではないものの発光し、取材陣から見てオリオン座の辺りを長く掠め、しばらくして十分に減速したらしく光るのをやめた。僕はそのあとカプセルの着地時刻を待ってから就眠したのだった。これを書いている現時点で、カプセルと前後のシールドなど大気圏へ突入したパーツは全てが発見され、現地本部へ搬入されたとのこと。ああ疲れた。これ書いてしばらくうだうだしたら眠ってしまおう。

2020年12月5日(土)

あまり気がつかなかったのだけれど、きょうは最高気温が6度ちょっとと、気温の上がらない寒い日だった。リングフィット中に窓を開けると冷たい風が気持ちよいな、くらいに思っていた。今夜の二時半ごろ、はやぶさ2のサンプルがオーストラリアへ着陸する予定とのこと。その中継がニコニコ動画で見られるようだから、このあと起きたまま、サンプル回収の様子を窺おうと思ってる。明朝九時前に祖父宅へ向かい、また物置の整理をする予定。その前に仮眠くらいはとれたらよいのだけれど。

2020年12月4日(金)

昼下がりより、祖父宅にて母と物置整理の続き。なんで発泡スチロールの保冷箱が三つも四つもほこりをかぶっているんだろう……たぶん、釣り好きな人たちの忘れ物だと思うけれど。叔父の本や祖母の衣類のほか、誰かなんらかの傾向を持つ者が積んでいったと思われるがらくたが、あと物置二部屋ぶん残ってる。さらに籾殻が大量に残っており、それは後日近所の方と相談して、田畑の肥料用に撒く予定。

2020年12月2日(水)

『ビューティフル・マインド』観た。後にノーベル経済学賞を受賞する数学者の、統合失調症に翻弄された人生の話。現実と区別できなくなるような幻覚を含めて、世界との違和感が不気味に立ち上ってくる感覚を、とてもリアルに再現していた。地味だけれど注目すべきは、そうした彼を支える妻と友だち(現実のほう)の存在。見られているとか尾行されているといった脳内で作り出される妄想は、それが主観である限り、どこまでもリアルなものなのだよね。自分が楽に生きられるようになったのはここ何年かの話で、失うばかりではないと肯定的に捉えられるようになったのも、わりと最近のことだった。暗がりから日の光の下へ出る幸運を信じられると、誰かに伝えられたら。それは夕暮れの草原を吹き渡る風や空が地上の果てまで続いていると知る、現実への感動だと思う。