しとしと雨降り。関東はきのう梅雨入りしていた。細々とした用事を消化。猫は自室へやってきてはのどを鳴らすくらいの体調。先日はのどを鳴らすこともできなかったくらいだからましなのだろうけれど、容態が急変しうるのは猫をはじめ小さな生きものの常だからね……。焼き魚はわりと食べるようす。別の話として、それがなにになるのか分からなくてもできることはしてみる、なにがどう育つか分からない以上は水を撒いて世話してみる、そうした手探りの実践の段階だなーと思う。ひとと会ってどうするの? あるいはどうしたいの? なにを期待しているわけ? といった言葉はひとまず横へ置いておく。ひとと会いたいの? と問えば、べつに、となるのはそうだね。そのうえで願いではないことを義務感でしているのか、じぶんがじぶんを越えていく機会を嗅ぎつけているのか、分からないなーと繰り返しつつ模索するのが吉。セルフビルドした方とそのおうちをすでに二通り拝見し、本もそれなりに入手したわけで、セルフビルドについては現実にしたければそれは可能なんだよ、という実例の答えはもう得てるし、それはひとと会った結果。というか、こんな形態で生計立ててるひとがいるんだ、というその多様さを知ることができるのはひとと会えばこそ、ということを今回の旅で知ったでしょ。例えとして、写真だけだと食べていくのに80点以上求められるとして、花、庭、言葉、旅、暮らし、薄明かりの時間、写真から逸れた領域、そういったものたちの掛け合わせでニッチをとるなら、各40点くらいずつが目標になる。そうしたことをなりわい的に根付かせて収益に変えて行くには時間が要るし、そのあいだを生きのびるための稼ぎなり消費しなさなりはこだわりとは関係なく手がけることになるし、なりわいを成り立たせるためメインの収入源は別に確保、みたいなのもあり得る。というかそうして本業と共にセルフビルドと製作を成立させてきた方と知り合ったわけで。ニッチを取るというのは細々とした営みだし、それも成立してればまだよいほうといったあんばい。このへんはすっきりまとまった考えではないし、それは当然で、できることから行動してみてその先になにかあればそっちへ行ってみるんだよ、という。書くことが散漫になってきているのは眠るしるし。
