なにごともなく。日中は暑いくらいで部屋着をちょっと変えたり。体や心の声を聴くといってもそれは受け身になることではないなとか、ひとたび世界そのものが歪む体験を経ると基準というものが分からなくなるものなのだけれどとか、思考のなかにいる限り出口はやってこないよねというひまな過ごし方。ひまでいるのはいいけれどね。じぶんに無理強いをしないということについて試行錯誤だと感じているのは、そこの力み自体を緩ませられるとよいのだなとか。出口のない思考が走るときってそれがある種の安定状態になっていて、思考から離れるためになにかするというのが正解なのだよな。メタ的になっているね。ここで切り上げるのがいまの正解。
