2026年4月6日(月)

なにごともなく。なにか不安のような焦りのようなものをうっすら感じると思って言葉を持たないこころを翻訳してみると、フィジカルのコンディション由来が半分くらい、もう半分は回復待ちで四月入りというとくに意味はない区切りがこころをざわつかせるのかなと思った。こうした暦とか年齢といった数字でしかない節目に気分が揺らぐということはあり、それはそれ以上のものではないのだよね。ほかに思い当たるのは、先の総会で活動的なひとたちに触れたこともあるのかな。それも自他を比べる必要はないからね。感触としては、なにもしていないということにすこし負い目じみたものを感じるところが出たのかも。主体性や内発性で行動できるならよい傾向だけれど、内在化された外部の声をじぶんのものと取り違えて不安になるなら、それを打ち消すために行動に出ようとするのは勘違いであり、体調を整えたうえでこの心身と向き合うか、現状の方針を信頼してあまり気にせずゆったりと過ごすのが吉。まあね、なにもしていないということが気になり始めたのであれば、一足飛びに現状更新のアクションを立ち上げようとするより、まずは散歩を日々の生活に取り入れることこそが正解と言えば間違いなく正解。散歩をしようかくらいの段階へやっとやってきたのかもしれない、というかおそらくそれが妥当であり、本日の答え。就労支援の場で周りを見ていて思ったのは、苦痛や焦りといった動機は押し出してはくれるけれど、そこから先では推進/牽引してくれる動機も要るので、もし状況が許すのであれば内発性の芽が出てからのほうが行動は起こしやすいのだろう、ということ。リハビリと就活で空っぽになっておいて、働きながら回復できるのではなんて目論見はアクセルとブレーキを同時に踏むような無理だった、というのは実際にしてみて得られた答えだったのだから、当分を回復期間とする方針はこのままでよいよ。そこでなにか得ようとかも考えなくてよし。のんびりする。そういえばアーマンディー・アップルブロッサムが花盛り。薄明かりの時間にデジイチで撮ったら綺麗かなとか考えつつも窓から眺めていた。

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