2026年2月28日(土)

歯科へ。三ヶ月ほど連続することになった一連の歯の治療はこれで一段落したと思った。そのあとモスでハンバーガーを食んだあと、よい感じの花びんを探そうと思って方々巡った。Googleマップを頼りに花屋や雑貨店、園芸店など。それ自体が作品のような花びんは自分の好みではないぽい。品々を見て回るうち、素っ気ない硝子びんのようなの、たとえば試薬びんや酒びんのようなかたちのがほしいこと、しかもいまは細口よりは多少口径のあるもので、ただ透明よりは緑がかっていたり水色寄りだとうれしいとか、多少のいびつさや気泡が入っているようなのは歓迎とか、細かい好みが浮かんできた。とりあえずだねと、汎用性がありそうな広口で透明硝子の花びんを見かけて入手。べつに端正というわけでもなくそれ自体は主張しないような素っ気ないフォルムがよいし、束が太かったり多少大きめな花を買ってきてもそこに活けられそう。もうひとつ、口が広がっているから小粒の球根も育てられる形状の、小さな青い硝子の花びんも買った。じぶんのために花を買うということを覚えたからどちらも後使おう。理想というか好みは立ち上がったし、よい感じの花びんを探すという志向性は、足もとの石やそのへんの草に興味を持つみたいに退屈しないんじゃないかな。花びんを探すというのもゆとりがあり気持ちが穏やかで初めて成り立つことよね。きのうの宵のころまではじぶんに同情するほどしんどかったのに、まったく気分というのはこうなんだよ。まあ楽であるときその楽さを味わうのは幸せの基本なので……。帰ってきてからは営業となる返信のメールを書いて送った。めんどくさいだけでやれば終わるよと思えたのえらい。夜になっても気分は凪いでいて、夜更けのいまもなにかを思い煩うことなく気楽。ここ数週間は夜になるとしんどさが増幅されやすく眠りを優先していたから、こうした夜はありがたいな……。ところでふと気づいたこととして、奥の歯同士の間に、たとえば虫歯があってもおかしくないような微妙な舌ざわりがする。まだ治療は終わってないと思うとげんなり感があるけれど、時間のある時期に気がつけてよかったわけで、予約を入れて治療しようね……。また別の話で、他者のしんどさについて知ったり思うようなとき、そこに結論はないよと自分自身に対して思う。じぶんも浮き沈みがあれば今夜のように気楽なときもあり、それは多かれ少なかれひともまた同じで、そこは単純にどちら側からも比較は要らないよ、比較がないだけでかなり上等だよ、という。そのうえで他者の思いを想像もできるようなときであればそれは祈りに近いこと。書けば単純だけれどしんどいときはこう筋よくはいかなかったりするものであり、書けるとき書いておく。じぶんのいま置かれている立場/状況にしても運よく成立していると言えて、じぶんなりにそれを活かす、というのが妥当なところ。とりとめもなく長めに書いているときというのはコンディションは悪くないとき。生きものの変化する性質にほんのり感謝して、窓辺で過ごそう。

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