なんとか胸をなで下ろせる状況になった。かいつまんで書くと、雇い主である奥さまと一対一で直に話す機会になったので、その流れに乗ってぶつかるかたちで意見を述べた。当初スタッフさん方とまとめたゆっくりやろうという方針とは真逆の選択をいきなり取ったかたち。向こうが譲らないところにはこちらもしつこく、こちらの価値観ではそうではない、ということを伝えた。ひとつひとつの焦点について平行線で、さしたる合意にも至らなかったものの、あちらが気に入らないと思っている箇所は洗い出せた。それはじぶんについてではなく、じぶんをサポートしてくださる元通所先や相談員さんがそれぞれの立場の筋を通していない、という観点に収束する。こちらからは、あなたはものごとをご自身の視点でしか見ていません、私の価値観ではそれぞれのかたにそれぞれの視点や立場や事情、限界もあり、そういったものを想像しつつ最適な落としどころを探る、それが私の価値観です、と繰り返したけれど、こうすべき、こうあるべきだという意見は、まあ譲られはしなかったよ。あんたも強情ね、と言われたくらいにはいろいろな意見についてくどく粘った。関係者へのフォローやその方たちにどれほど感謝しているか、人生を支えられたり救ってもらっているのだ、だからこそいまのじぶんがある、真剣なひとたちでありこの上なく信頼しているのだ、というこちらのお気持ちはまあ、向こうは念入りに聞かされる羽目になったので、そこについてはこちらのことを考えるなら無下にはできなくなったかたち。最終的に、支援する立場の方々について、それぞれが筋を通すつもりならいくらでも話を聞くつもりだ、という言葉はしっかり引き出せたので、そこを着地点とした。そこからは雑談。北海道やバンコクに行ったことでの体験とか、精神障害というものについてとか、そんな感じの話題についてこちらの価値観を語ったり。そのへんは笑いも交えて話せた。長く話したのでそのまま昼ごはんを食べたのち退勤し、各方面にひとまず安心できそうですと連絡を入れ、帰途。上司に当たる立場のかたがいつにも増して雑というかぞんざいな気がしたので、そこは見ていくほうがよいかもね。ああほんと疲れた。じぶんはこういうやりとりをするとメンタルがごりごりに削られるなー。適当な理由をつけて今週はもう休むことにしたので、すきなだけだらだらするがよいよ。対処するという意思が今回は結果的にはよい方向へ向かったかたち。あすは午前中に歯科の予定があるから、もうおふとんへ。
2025年12月14日(日)
やはり強いストレスを感じているなー。食欲の減ったおなかがもっかのストレスを感じる状況は嫌という感覚を出している。こんなときほど行動と判断ができるよう栄養は摂っておくことにしつつ、おなかのいうことも正しいからと、ほどほどにした。二時間ほど湯に浸かったり、早めに眠って睡眠を確保することにしたり。とりあえずだね、ぐるぐる思考のループが離れないとしても、ひとつの感情に圧倒されないようにしてみるだけでけっこう違うはずだよ。それから変な抑圧や気の使い方はじぶんに強いない。うまく要求を通そうみたいな気負いは要らず、もうむやみに余白を差し出さないだけでもよいよ。これから誰がどんな言動にでるのか見ていよう、くらいの態度もどこかに持っていていい。そしてじぶんには価値があるしこういう状況が嫌いだということ、そのことを心や身体の声と同じく大切に扱う。理不尽な状況が起きていてその巻き取りをこちらが負担している、フェアではないそれについてどのへんまでしてみるのか、その判断はじぶんが負うのだということ。自由と自身への引き受けと寄る辺のなさはセットなのだけれど、それらについてうまく立ち振る舞えるかみたいなのはあまり関係なく、力を抜いていてもだいじょうぶ。深刻にならないということが下手ではあるけれど、そういうあり方もありえること。いまやじぶんたちは互いに見方だということ、助けてくれる人たちがたくさんいるのだということ、すっかりうんざりしたときは他へ行けばいいし、それはできるよというシンプルさ。よし、おふとんへ。
2025年12月13日(土)
なにごともなく。この状況でこうされるとかちんとくる、というのは、じぶんのなかにこうすべきという観念が強くあるからかもねと思った。こうすべきという規定の強さはもしかしたら受けてきた抑圧や否定が作りだしているのかもしれない。考えてみたら当たり前で、それは他者に見つければ負の連鎖として嫌っているものだった。ひとまず内側に渦巻くこうすべき、こうあるべきという規定を否定せず受け入れて、負の感情もこのまま湧いていいよと思ってみる。感情的になれるならそれは歓迎したいはずのものであり、いまは通過点。ときおり、この理路やこの受け止め方ができると身体が喜んだり面白がったり反応するという感覚があって、いまおなかにそれがある。じぶんがじぶんの見方になれているときの感覚。眠たいならおふとんへ。
2025年12月12日(金)
とても寒い日。日中は小さな雪がちらほら舞っていた。壊した水道などの修理がきょう始まったため、お詫びの品を用意しておこうと思って和菓子屋で日持ちのよい菓子を見繕ってもらった。時間的に余裕があり、お寿司を食べたあと病院を回り、それから定期通院先へ。先生に今週のできごとをお伝えしてから心理士の件について相談した。先生も詳しくないとのこと。じぶんでよく下調べをして連絡を取ってみて、こちらが望むことをどのへんまで対応してもらえそうかとか、料金の相場だとか、相手との相性なども検討内容に入るでしょう、ということを伺った。先生は専門領域とそれ以外のことにははっきり線を引くひとなのでそういうものかーと思うけれど、なんとなく医療やメンタルヘルス、ケア、支援のあたりは相互に関わり合っているように想像していたから、そうもいかないのだなーと思う。そのあと買い物をして帰宅。コーヒーをちょっと飲み過ぎたのか、気分が優れにずおふとんでのんびりしていたら、もうこんな時間。カフェインレスのものだったので原因はコーヒーそのものぽい。今週は長かったのか短かったのか、よくわからないなー。いま金曜が終わったところ、みたいな認識。このところの変動の多い気分に関連して思うことは、じぶんの心と身体を大切にすることをなにより優先しよう、じぶんがじぶんの味方でいよう、ということ。我慢で成り立つ安定より、愚かでも爽やかにあろう。ほんとうにじぶんを労るためであれば苦労もなるべく引き受けてあげよう。そろそろ眠るがよい。
2025年12月11日(木)
午前中は歯科へ行って歯の根の治療。うん、患部に処置されたおくすりかなにかのために、口のなかがいまも正露丸のにおい。午後は元通所先でスタッフさん方三名と情報共有&会議。いま眠たいから結論をざっくり書くと、ゆっくりのんびり障害とこちらの思いの話題を小出しにし、時間をかけて期待する落としどころを探るのがよさそう、という方針になった。つまり、きのうここに書いたような前のめりの姿勢にはならなくてよく、気楽にのんびりやろうということ。上から目線ではないですが人柄がめちゃくちゃ成長されてます、サポートしている我々としてもうれしい、と皆さんからお褒めいただいた日だった。あなたならこうした出来事も糧にして更にうまくいく気がします、とも。そのことを素直に受け取れるじぶんもまたうれしい。会議中じぶんはかなり笑ってへらへらしていた。条件付きとはいえ安全な港があることのありがたさ、支えてもらえる安心感が、防衛反応を取り下げて前向きに取り組める力になっている。これはひとに恵まれているということだよ。帰り際、来月で退職される方がいらしたのでその件ですこしお話して、年内にまたご連絡しますとお伝えした。ねむたい。支えてくださる方々に気持ちをすっかりほぐしてもらったということで、きょうはひとまずおやすみ。
2025年12月10日(水)
仕事はお休みの連絡を入れた。脳で身体をいじめるのはもう止めたいでしょと思っていても、ぐるぐる思考のループにはまると出口もなく煮詰まってくるもので、久しぶりにじぶんの呪詛にあてられていた。夕方ごろふと、こういうアプローチを試してみるのはどうだろと思ったとたん、気分が変わった。こちらが一対一で直接に説明することには状況的に見込みがあるかもしれない。ひとに理解や協力を求めることはむつかしいし、分からないひとは分かりたくないひとな可能性もあり、分かってほしいという姿勢にはつねに暴力性が潜んでいる。それでも「向き合っているのだから言いたいことや嫌なことがあるなら私に直接言うはずだ」という言葉が出たならそこを支点にしてみる。ひとまず対処を試みること、具体的な対処の筋道をつけて行動しようとするとき、悩むことから解放されると感じる。では、先方が「分からない!」と言った領域はどこか、どのような言葉にすれば伝わりやすいか。じぶんが健常者のように振る舞えるため実情が伝わりにくいこと。障害者扱いしないのが本人のためだし尊厳だ(だから他からの支援を頼るべきではない)というロジックが相手側にはあるかもしれない。先方の認識は尊重しつつ、この疾患がやはり重い病気であることをどう伝えるか。向こうのメンツを立てること。回りくどいことには怒り、腹が据わっていることはよく評価する相手なので、単刀直入だと通りやすいこと。2000年以降大きく変化し整備されてきた障害者を取り巻く法律/雇用環境について、それ以前の価値観である相手に最低限どこを押さえてもらえたら助かるのか。障害者雇用促進法というものが施行され、こういった支援や福祉サービスを受けることは現在では権利であり、そのために支援組織や人員の関与、連携が重要なものであるし、それを職場が排すると法的に問題があるかもしれないということ。障害者差別解消法により、事業者には合理的な配慮の提供が義務づけられたこと。このへんは読まれなくとも資料を用意していくと効果があるかもしれないし、元通所先のスタッフさん方やこの件を食らった相談員さんに相談することで重心や勘所が掴めそう。現状のままだと職場と支援組織との接点が失われるぶんサポートに影響が出るかもということで、この件についてスタッフさん方にメールというかたちでも伝えておくと、じぶんによりリソースを割いてもらえるかもしれない。関わってくれるひとは多いほうがよい。いずれも先手を打って主体的に動くとよりよい流れになる気がする。高齢者の認知リソースに収まるようシンプルに伝える。結局という言葉は好きではないけれど、結局のところは高齢者に認識を変えてもらえないかと意図しているわけで、年齢的にそれはさして期待できないことだというのは前提としてあったほうがいい。これは複雑な社会問題であって、そこをひとことで言い切りたいひとであれば、根本的に伝わらないかもしれない。見方によっては操作を試みるとも取れるのだし。面倒くさい、嫌だと言われたらいったんそこまで。ここまで書いておいてあれだけれど、いまじぶんは正しい側にいてそれを伝えたいのだという暗黙の前提があり、そこから間違っている一面は考慮したほうがよいね。思い通りということはこの世にあり得ないのだけれど、状況に即して誠実に振る舞えたと実感できたなら、それだけ冷静かつ適切に判断を切り替えることもできる。無理だと感じたらサンクコストに囚われず去るという選択肢だって保険として持っていていい。じぶんは根本的なところで自由に生きてよいし、じぶんで下した判断を納得して引き受けられるなら、むしろ爽やかになれるように思う。うまくいかなかったらなんて不安は先取りする必要がなく、できることから気長に試すのが吉。対処しようとする姿勢から生まれる力強さを感じていい。よし、この方向性を試せそうか、スタッフさん方に相談してみるのがよさそう。もう日付が変わったし、これ以上考えるとそれはそれで煮詰まるから、きょうはここまで。
2025年12月9日(火)
午後になり、予約を入れていたNPOさんのところへ面談へ。これからのじぶんの回復の方向性やもっかの取り組みについて、把握して噛んでくれるひとや組織は多い方がよいからという判断で予定していた情報共有だった。担当者さんも仰ったように、このNPOさんはいまのじぶんにとっては直接ではない後方支援という位置づけ。折りよくというかよくはないけれど前日の件があり、そちらにも時間を割いて担当者さんに話を聞いていただくことに。まず前提として、仮に障害者雇用枠であれば合理的配慮その他が法的に義務づけられているし企業側にもそうした意識がなければならず、そうであればきのうのあちらの対応は完全にアウトではあるのだけれど、こちらは一般雇用枠で採用されており、今回はその差がここまではっきりと出てしまったかたちですね、とのこと。障害者を巡る雇用環境については2000年以降大きく変化し改善もしてきているわけだけれど、うん、まあ、零細企業というのはそういういうこと……。担当者さんの体感によると、高齢者の反応は理解を示すかその逆とで大きく分かれやすいそう。そしてやはり、歳を取るとどうしても抑制が効かなくなる傾向にありますから……と。こちらからの話ではあるのだけれど、お気に入りの従業員によくわかんないひとたちがいろいろついてきて、彼女の城に何度もやってきてよくわかんないことを話す、それがおもしろいわけがない、嫉妬や疎ましさの感情だって否定はできないですよね、ということを喋った。担当者さん曰く、こちらがどうしたいかという気持ちがなにより大切です、そこで仕事を続けてみるなら獲得した身体反応を活用することも有効ですし、うまくやっていくための立ち回りも求められるかも、とのこと。そのあとは予定していた今後の方針と取り組みについて現状を共有した。じぶんが回復にあたってしたい/していることのためには心理士が適任で、じぶんの前の担当者さんがそうだったのだけれどいまはそのNPOさんに心理士はおらず、多くの場合心理士の利用は有料&非営利につきこちらから紹介もできないため、主治医に相談したり情報収集を行っていただけたら、ということだった。そうかー、もうその段階でしょうと就活をそれとなく促してくれたあのときの担当者さんがそうかー。タイミングの話ってたらればだから、これからどうするかよね。この担当者さんに話を聞いていただけたことで身体のほうも緊張が緩み、次の予約はその都度必要になったときにとお伝えして帰途。元通所先のスタッフさん方ときのうの相談員さんとで担当者会議がこれから予定されるはずなので、そこで定まる話もあるかと思う。あしたの仕事はねー、正直だるくて気分調整に日を取りたいし、だるいという自身の感覚を優先できる立場にいる。朝起きたときに決めようか。
2025年12月8日(月)
あー腹立つ! じぶんを担当してくださっている支援組織(のひとつ)の方が職場に最初の挨拶と情報共有にいらしたのだけれど、雇い主である奥さまはあなたたち(支援組織)のやってること分かんない、うるさいうるさい! とひとしきりキレ散らかしたのだった。こちらへ向けて、そんなふうに人の手なんか頼っていたら大人になれない、大人になろうよ、とも。抑制が外れてまくし立てた彼女に割って入り、担当者さんとはおもての駐車場で話した。二人して目をこすり鼻をすすりながら、たぶん悔しくて。感情的なショックを受けると身体は数十分でひとまずの調整をするもので、そのあいだに揺らいだ感情を抑圧せずしっかり外へ出しておくとあとに引きずることが減る、そんなふうに理解していたから、そうなるように話した。障害への支援サービスがじぶんにとってどれほど大切で必要としていることなのか、その認知度が一般にはこういうことなんですねということが、繰り返し自分の口から出た。こちらとしてはいまの感情について話すことでお互いの受けたショックを振り払いたかったのだけれど、担当者さんは私の方が支えられていますねと仰り、矢面に立たされたその方が感じた怖さを思いつつ、その言葉がなんだかありがたかった。支援職という立場とその現場についてのあれこれを思う。身体が冷えはじめるころにはお互いすこし笑えるようにもなり、挨拶をしてお見送りをし、そのあとじぶんも退勤し、元通所先へこの件の情報共有の電話を入れて帰宅。もうそろそろじぶんも求めていない他者の言葉をそのまま受け取るつもりはなく、分からないなら適当にしておくこともできただろうに、勝手に耐えきれなくなったひとが残念な自己紹介をした、と解釈してる。私はものごとが分かるという自負に真新しい概念=理解できなさが乗ったときの我慢ならなさと拒絶。戦中戦後生まれって、自分の力で生きてきたという自負=裏を返せば助けが欲しかったとき誰にも頼れなかったという意識が自覚はなくともとても強いようで、おそらくその延長上で、差し伸べられた手を信じて握れるじぶんのような存在に強いジャッジを繰り出すことがある、と見てる。大人がどうとかその手の人格への批判を持ち出すのも、そこに自意識のこじれがあってそうせずにはいられないことで、そこにあるのは孤独ではないかな。奥さまは、私と彼は直に向き合っているのだからそれだけでいいということを強く主張したけれど、だったら後ろから撃つなボケー。雇用関係というのは事実上非対称なの! 理解してよという要求は捉えようによっては一種の暴力かもしれない、でも爆発するのは別の問題。かっとなった勢いで他人をやり込めると自分自身への整合性がとれなくなってあとで辛い気分になるものだと思っているけれど、せめてそれくらいのひとではあってほしい。その場で誰のメンツも潰さなかったつもりだし、他人の協力を取りつけることがいかにむつかしいかとか、あちらとこちらという安易な線を引かないようにとか、じぶんだって複雑さを抱えていられる力=ネガティヴケイパビリティを試されているんだよ、といった内省もないではないものの、じぶんは理不尽に感じたのだということについて、無理に客観視をしたり、えずきながら飲み込もうとしたり、内心で物わかりよくなる気は毛頭ないなー。じぶんがどんなとき誰のほうを向くかわかりやすい……。書いたらすっきりするかと思ったけれど、まあ微妙よね。さいきんは内受容感覚というかおなかの消化器あたりの感じが分かるようになってきて、そこはいまもまだやや冷たくて嫌なぎゅっとした感覚がある。この身体は大切にされるべきもので脅かされてよいものではないから、今夜はのんびりしておなかの緊張を和らげよう。。。
2025年12月7日(日)
なにごともなく、のんびり。
2025年12月6日(土)
あー疲れたー。きのうに引き続き午前中からポストカードの編集作業をして、夜十一時を回ってやっと一段落ついた。入稿データは揃ったから、十種類のうちまず半分を入稿した。実物が届いたらその印刷の仕上がりを確かめつつ、調整を加えたものとのこり五種類も印刷に出す予定。あらためて思う、ひとさまから見たらよくわかんないことに夢中になってる。値段をつけたら売れるのかもしれないし、今回は仮にすべて売れた場合なら収支はプラマイゼロというラインの印刷料金で注文したし、美術館の売り場に置いていただけたらうれしいねという宛はあるにしても、べつになにか具体的な目的があってしていることではないのだった。名刺代わりにはなりそうね。自身の内部を織りなす他人と関係のない文脈が増えることの心地よさ。端的に言って自己満足の快。気づけばきょうは作業中ずっと音楽にあわせて口笛を吹いてた。
