ふと思い立って片付けをし、洗濯機をみっしり四回まわしつつ身づくろい。洗って以来着たわけでもないボーダーの長袖になぜか黄ばみがついており、そこになんとなく塩素系漂白剤を使ったせいで、うっかりインポートもののレディースのオックスフォードシャツが一枚色落ちした。こんなことでへこむ気はないから、ネットで似た感じの舶来ものを二着ポチってよしとした。夕方にはなんとなく寒く眠たく、これは冷えた身体を温めるのがよさそうと思ってそれなりに長湯したところ、多少は調子が戻ったようす。着ていなかったものまでまとめて洗濯した理由は、これまでハンガーラックに下げていた衣類でしばらく着る予定のないものにはアイロンをかけ、いまは空な衣類棚へ収納してすっきりしたいと思ったから。動こうと思ってみるときょうのように行動はできるのだよねえ。そこからの所見としては、なにかしようとしなくてもだいじょうぶ、それをすると気分がよいとか、おもしろそうなら手を出せばよいよ、といった感じ。ポケモンZAは軽く手を放してる。じぶんにはどうやら完全にのめり込めないならしない、という完璧主義のよからぬブレーキが無意識に働いていたようで、「ちょっとでもおもしろそうならとりあえず手を出してみる」「飽きたら途中で投げ出してよし」と意図的に許可を出したことでZAに手を出せたのだよね。これ、他者の華やかなりし側面を見るにつけ「それはじぶんの欲望ではない」というふうに切り離しを行っていたのが、違う場所でちょっと過剰に出たのかもしれない。心ってそれだけではないだろうけれどね。それはそれとして、いまは回復期と位置づけていることだし、興味のあることには気軽に手を出したうえで簡単に飽きて投げ出してよいよ。冬場のメンタルのきつさがいままでになく感じなくなっているのは、きのう書いた理由に加えて自己や身体との対話も効いているのかもしれない。めずらしく時事。「ルールに基づく国際秩序は終わった」カナダ首相がダボス会議で放った“衝撃の現実主義”演説全文 2014年のクリミアの件あたりですでに国際秩序が逆戻りしつつあること、やったもん勝ちになっているという気配はあったから、この演説は「そうかー」という感じ。2010年代に入ってからネット上のメディアがコメント欄をどんどん閉じていったのも、根底には同じく秩序のほつれがあると思ってる。はぐれものであれば混乱には適応しやすいから、安定とサーフの両面をうまく使えるとよいね。
