2026年1月21日(水)

寒い日。このところ体調がよろしくなく、というか一ヶ月前の喉頭炎から不調が長引いており、この雑記にもそれが現れてる。いま冬の底へ差し掛かったところだから、あんまり元気にあろうとか思わなくてよいよ。身体をしっかり温めること。例年なら冬場の気候の厳しさに、消耗するほどきつい怒りの感情が湧いてぐったりしていたものだけれど、今季はそうしたのが無いらしく、なんだろうねこれと思っている。リハビリ+就活+お仕事でなにかが鍛えられていたのだとして、あれほどこの怒りの湧かない状態を渇望し待ち望んでいたのに、フラットになるとさして感慨はないものだね。ポストカードをヘッダー付き透明OPP袋、つまりよくある吊り下げ陳列する際のフィルム包装に入れた。これに値札をつけどこかに置いてもらえたら反応を見られるのかなーということで、喫茶店のあるNPOさんに電話。折り返し連絡があり、土曜の午前に面談というかたちでこの件について話す機会をつくっていただいた。NPOって非営利活動だから、仮に無理そうと言われてもそれはそういうものよね。陳列のしかたまでその場で提示できると話が早いかもと思い、夕暮れを百均まで出かけてそれらしいものを買ってきた。ワイヤーネットに小さなS字フックを使ってポストカードを吊り下げたところ、壁に引っかけるだけで陳列できることが分かり、この方法はあり。このポストカードは紙の質感や手触り優先でつくったから、手に取って触れられるサンプルを用意した。10種ひと組の角に穴開けパンチで穴を開け、サンプルと印刷した紙片といっしょに、ため込んでいたブロンズのナスカン付きキーリングでひとまとめに。うん、わりと見栄えはするように思うよ。ほんとうは価格やバーコードその他の商品情報を入れるシールに押印するための、ロゴをいつか作れたらと考えてる。ロゴと言っても名刺やレターなんかに応用できそうなシンプルなきつねのシルエットで、そういうのはいずれ。回復というものについて思うことはちらほらあるけれど、いまは休むべきで余計な気煩いは要らないという待ちの判断の一方、思考と実践で生活習慣を変える行動も有効だろうと思ったり、こうしたときこそ本を読むとよいよというほんのりした経験則もあったりで、戻ってくるのはあくまで無理はしないという地点。そして、リハビリ前のあのころに戻りたいという発想は取り下げ、これからのじぶんはまた新しいものになる、そういうふうに変わっていく認識が大切。前に主治医から言外に諭された、回復への姿勢が前のめりすぎるのもどうかという指摘は、まあピンポイントよね。こういう局面でなにかしたがるから他者からは頑張りすぎと言われるのだろうけれど、頑張っているわけではなくなにかを「する」という気持ちの強さであって、これはじぶんの磁場であり物語の強度なので致し方なく……。日々の暮らしをひととおり回していくことはそれ自体がレジリエンスの網になるから、したければそこからしてみたら? たぶんね、思考が強いというか、内言がずっと走っているせいで身体が転んだまま引きずられている、というのが近そう。ゆっくりとであっても思考と身体が伴走できるとか、思考する/しないが任意で出し入れできると、すごく健全なんだよね。結論なし。おやぷみ。

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