なにごともなく。この状況でこうされるとかちんとくる、というのは、じぶんのなかにこうすべきという観念が強くあるからかもねと思った。こうすべきという規定の強さはもしかしたら受けてきた抑圧や否定が作りだしているのかもしれない。考えてみたら当たり前で、それは他者に見つければ負の連鎖として嫌っているものだった。ひとまず内側に渦巻くこうすべき、こうあるべきという規定を否定せず受け入れて、負の感情もこのまま湧いていいよと思ってみる。感情的になれるならそれは歓迎したいはずのものであり、いまは通過点。ときおり、この理路やこの受け止め方ができると身体が喜んだり面白がったり反応するという感覚があって、いまおなかにそれがある。じぶんがじぶんの見方になれているときの感覚。眠たいならおふとんへ。
