午前中は産直と定期通院先へ。お高めのすいかがもう並んでおり、山菜系はまだふきのとうくらい。山菜ねえ。何年か前の大型連休明けに男鹿半島の入道埼灯台を見にいった帰り、立ち寄る産直や道の駅にミズやネマガリタケなどあらゆる山菜が所狭しと並んでいて、これが本場……! と感動したのだった。……ということを千葉の館山の居酒屋でほかのお客さんに話したという。原付ではなくいまの車なら、会津や喜多方、田沢あたりは開店時間を狙って、前日から行けそうにも思う。それはそれとして、産直で野菜を買ったあと建物裏の参道を歩いた。下草が刈られた杉林には新鮮な午前の光が差していて、境内の桜もちょうど満開になったくらいの咲き方。木のつくる影と光の降り注ぎ方が桜を取り囲むようで綺麗だなあと思う。宵のころ別の観桜スポットな高台へ、ぬい一名と一緒に。毎年ここへくるね。町のあちこちから聞こえるかえるたちのかろやかな声に、とりあえず冬を乗り越え春へやってきた、というほっとした感じがする。しばらくそこで過ごし、身体が冷えてきた頃合いで帰途。日曜に総会があるからあすはその支度など。その日のコンディションによって夜が居心地よいときとネガティヴ思考に傾くときとがあり、今宵は前者。きょうふと思ったのは、旅に出かけるとひととの縁だったりつながりができたりする、ということ。そんなこと目当てに出かけたわけではないにもかかわらず、こちらを見つけて関わりを持ってくださったり、連絡先を交換したいと申し出てくださる方々がたしかにいる。不思議なことだ。じぶんはひととのつながりをつくるのが極めて下手なので、今度の総会のようにコミュニティへ飛び込むことと、ときどき今回の房総巡りのように旅をしてみることが、ひととつながるのに適した機会なのだろうな。べつにホヤやなまこを食べに宮城や岩手方面へ行ってもよいし、海鮮を味わいに新潟方面へ行ってみてもよいし、なんとなく思い浮かべているように九州を巡ってもよいし。寄る辺ない不確かさを引き受ける代わり自由なわけで、好きにしたらよいよ。
