またタイ料理の居酒屋で昼ごはんを食べた。メニュー表を見ているとおかみさんが裏メニューというなんだったかを提案してくれて、それに。ほかの席では酒の入った中高年男性らが殺伐と駄弁っており、こうした人たちもいるんだなーと思う。なんだか気分はよくて、ひとりで水をちびちび飲んでいた。カウンターの上には包装に入ったたらの芽が大量に並んでおり、訊くとここで売ってるよとのこと。確かめなかったけれど、その場で調理したりしてもらえたんだろうか。運ばれてきた料理は豚の各部の肉と巻いた餃子の皮を使ったボリュームのある煮込み。一度にこんないろいろな豚の肉を味わうのって初めてだ。骨までやわらかくおいしい。あとで伺ったところによると大鍋に作っており、それを買いに来るひとたちがいるとのこと。お会計の際におかみさんが揚げたばかりのたらの天ぷらをひとつくれて、思いがけないかたちで山菜を味わい、テイクアウトも受け取りつつお店を出た。そのあとは雨のなかを車でふらふらしつつ帰途。そのあとはポケモンZAを久しぶりにしたり、仔猫の相手をしたり、なんとなく過ごすうちに日付を越えていま。思うのは、じぶんはひとさまから分け与えても減らないものを贈与されている、そのひとの持つ幸を受け取っている、ほかのかたちにはならないものをおすそ分けしてもらっている、そうした感覚があること。たらの芽の天ぷらいただいてうれしかったもんね。いろいろ思い当たることはあるのだけれど、こうした感覚はじぶんのなにかへと回収せずに、ひととじぶんのあいだの流れや循環として捉えるとよいのかな。ほか、思い当たることといえば、やはりあの長年しつこかった怒りの感情になにか変化が起きていること。感じていることはあるけれど、いまはあまり言葉で確定させたくないから言及はこれくらい。このところ生活が乱れていたからほどほどでおふとんへ。
