先日の低山も含め、近場をぐるっと巡ってきた。そのなかで、海へ行くなら猛暑と第7波の気配がするこのタイミングかなーと考えて帰着し、ばたばたとその準備に取りかかった。ほとんど素泊まりに近い条件で宿も見つかり、二泊三日で茨城→いわきの予定。海辺を原付でのんびり走ったり、海岸をふらふら歩いたりしたい。あすは早めに発つつもり。もう眠ろ。
2022年6月29日(水)
昨日おとといの疲れもあり、ぐったり。眠ろう。
2022年6月28日(火)
引き続き刈り払い機を使って草刈りをし、ひとまず片付いた。それからバイク屋へ原付のメンテナンスに向かったり、ホームセンターで買い物を済ませたり。自分の受け答えがぼんやりしているのを他人事みたいに思いながら、事故は起こさないように……と注意して帰宅。ナイロンカッターを使うと手作業で草むしりする場所が一瞬で片付いて、初めて掃除機に触れるひとがいたらこんなかも。つかれた。もう休む。
2022年6月27日(月)
一日じゅう草刈りをした日。折しも梅雨明けの発表があり、強い日差しを受けての作業は汗が滝のように流れた。疲れた。
2022年6月26日(日)
近場の低山へ。まだ午前中にもかかわらず夕立が一帯を通過すると分かり、頂上の展望台へ着くと缶コーヒーなど少し口をつけてから、脱兎のように別ルートで山を下りた。頂上までわりと時間をかけずに来られると判明したことで、また落ち着いて訪問する機会はあるはず。途中で雨が降り始め、スーパーで買い物をしたりイートインで本を読んだりするうち、さして時間もかけずに夕立は通り過ぎた。その本はどこかで読み終えたかったため、適当に最寄りの喫茶店へ向かった。山あいの杉木立に佇む……農家さん宅にも紛れる感じの、趣味で営まれているのかなという印象を持つお店だった。中に入るとおばちゃんがひとりで切り盛りされており、客も自分ひとり。読書には都合がよいからと、最初はメロンソーダ、後半にみつ豆を頼み、その本はなんとか読了。お店の方は本を読みやすいようにと窓を調節してくださり、濃いメロンソーダがおいしい、思いがけずよい喫茶店だった。もう遅いから眠る。
2022年6月25日(土)
まるで梅雨明けしたような暑さだった。実際に六月中に開けるのでは、なんて話を聞く。本格的にエアコンをつけ始めた。
2022年6月24日(金)
定期通院。対人関係の疲れをいつもうっすらと感じるのは社会寄りの立場になってきたからかもとか、そうしたことをあれこれ考えて模索するけれどうまくなれないものですねとか、そんな話をした。これまでもだったけれど、先生が一貫して仰るのは、こうあるべきという姿にはあまりこだわらずに、ということ。それから診察の終わりに、自信を持ってこの生活を続けてください、と言ってくださった。心強い……。そのあと図書館へ立ちよって持ち込んだ本をいくらか読み進めた。口笛吹いてると思考が止まる。
2022年6月23日(木)
買い物の帰りに気になっていた喫茶店へ立ちよった。こぢんまりした店内は照明が抑えめで、それはそれで滞在したくなるしゃれたしつらえだった。でも、駐車場の前に簡単なテーブルと椅子が出してあったから、そちらへ。この季節は風が新鮮で心地よいし、もとはと言えばどこかで本を読もうと思って喫茶店を探したから、そのへんの屋外に座れるのがありがたかった。なんでもおいしい味覚ゆえコーヒーもおいしい。そのテーブルで一時間ちょっと本を読みながら過ごし、霧雨が降ってきたところで撤退。いただいたメニューには飲み物が豊富で、そのなかのエルダーフラワーソーダというのが気になった。またいずれ訪問したらそれを頼むことにする。やっぱり公共の空間で過ごすと本を読む。その条件だと図書館や学習スペースのほうが向いてるけれど、屋外のほどよい空間で他者の気配はありながらも一人というのだと、有料になりがちでは……探せばあるか。別の話。野外から手折ってきた植物をこう、なんらかの処理を施しながら、その香りを屋内で楽しむ方法がないかな……とふと思いついて雑に検索したら、蒸留器というのがでてきた。精製がしたいわけではないから、素材をほどよく蒸すとかでも目的には適いそうな気がする。そういえばこれ、読んでてよかったデイリーポータルZ。いつ無人島で遭難してもいいように蒸留器を自作したら、ノンアルコールジンができた :: デイリーポータルZ あとで読み直す。今春はさして目的があるわけでもないのに、ハーブ類の苗を庭に植えていたのだった。説明があとからはまると危うい気がするけれど、そういう話ではなく。蒸留をしてみたいなら見込みのありそうな植物ももう少し探してみる?
2022年6月22日(水)
NPOさんのところで活動や情報誌制作の打ち合わせなど。写真が得意な人として認識されているのだなー。次号の情報誌ではそこの紹介が主。僕はそこで行われている活動をなるべく幅広く撮って抑え、制作について他の方々の選択肢を増やるようにできたら、と考えているのだった。やれるだけのことはやるつもりだけれど、あまり無理をしても本末転倒だから、ほんとに可能である範囲で。解散してからはゲタ箱展というアート系の展示を見てきた。そこは廃校舎が工房やアトリエのように活用されている施設、という認識でよいのかな。校舎入り口のゲタ箱ひとつひとつに作品が収まっており、数えてはみなかったけれど、百以上も展示されていただろうか。素材もモチーフもさまざまな作品を見て回るなか惹かれたのは、ゲタ箱のではなく、一緒に展示されている絵だった。撮影OKとのことだったから部分的に載せるけれど、下の写真の生きものの、この表情が読めなくてすき。あと口元の曲線がかわいい。加藤梨華という方の「Grafitti-OHTAWARA 2017」という作品とのこと。美術や芸術はさして分かるわけでもないけれど、どんなふうに見たら面白く感じられるかを心がけてみるといいことあるかも、という文章をどこかで読んでから、そんなふうに見てるのだった。今回の展示では、表情のある作品にはとりあえず目を合わせてみた。不思議と目が合わずどこか遠くを見ている人物や、これは笑ってる目だよねという馬など。なにか展示の場へくるとわりあいくまなく眺めてしまう……。帰り際にフリーペーパーを大量に頂いた。
2022年6月21日(火)
買い物の帰りに藤棚へ立ちよった。なんとなく知ってはいたものの訪問は今回が初めて。曇りがちな空のもと、溜め池を前にした藤棚のなかを、夏至の風がゆるやかに通り抜けていく。そこにいて思うのはアクリルのことだった。こんなふうにくつろいで過ごすのはいつどこにいる誰だろうね、なんて想像をしながら、風が肌に触れる心地よさにまかせて、足もとの翳りや雑草の動きをぼんやりと視界に入れて過ごした。なかなか上手な言葉にならないこうしたひとときが、ときにはずっとあとまで思い出される至福となりうることを、うれしいことに自分は知っている。溜め池の前の立て看板には生息する希少種と環境について書いてあったから、ここはそれなりな配慮がなされた、地域の方々によって保全されているよい湿地なのだろうと思った。藤棚周辺の下草はある程度刈られ、ベンチがあり、桜も植えられている。ときおり訪問する場所になるかもしれない。