2021年4月19日(月)

造園業者さんが来て、庭の切り株を掘り起こして抜く工事が始まった。明日の日中には終わるそう。切り株っていうのは骨が折れるもので、僕ひとりでは直径30センチあるような切り株を(複数)取り除くことはほとんど無理だ。重機は強い。今朝、白いクレマチスが一輪だけ開きかけていた。本格的にクレマチスが咲き始めたら、薄明の光で撮ろう。

2021年4月17日(土)

雨降る日。モッコウバラに這わせるクレマチスと冬咲きクレマチスがほしい。おぎはら植物園のサイトは注文過多によりサービスを一時休止していた。この季節だと仕方がないよなーと思いながら、欲しい植物の苗についてはそのリストと入手先をブラッシュアップしているところ。ねむたい。

2021年4月16日(金)

髪を切ってさっぱり。目を付けていた場所の一つでとうとうアミガサタケを見つけた。木立に囲まれイチョウが生える境内の焚き火跡、のすぐ近く。地面は固めで比較的露出しており、それほど管理されておらずにヤエムグラや苔が生えていた。どこだったかアミガサタケの記事に「すみれがそばに生えていたりする」とあったように思うけれど、環境はそんな感じかもしれない。陰か陽かで言えば陰の雰囲気がある場所で、地面は下草に覆われきっていない、ということなのでは。これでアミガサタケの出てくる環境が多少なりイメージできそうだ。ただ、僕の見つけた個体はイエローモレルというタイプだと思うのだけれど、これは枯れ葉の色に紛れて探しにくいことこの上ないなと思う。今回は「こうした場所/この時期なら生えているはず」という前提でしゃがみながら目を凝らしていたら、運よく目に入ってきた。とりあえず大きいほうをひとつ採ったから、あとでどんな味か確かめてみたい。あすあさっての雨でまた生えてくることを期待しているけれど、あまりに採ってしまうと蒔くべき胞子をきのこが作れなさそうだ。おととしと去年の春はアミガサタケ探しが空振りに終わっていただけに、こうしてやっと目的のきのこに出会えたときは、じんわりと高まるうれしさがあった。こうしたはかない構造物が、自然の摂理を示すように人知れず土中から姿を現すことに、ありていな表現だけれど生きものの営みへの驚きや不思議さを感じる。

2021年4月13日(火)

自分なりの配色を見つけて写真編集を楽したいと思い、あれこれ弄っているところ。配色とは書いたけれど、印象的な写真かどうかは撮影時におおかた決まっていると思う。逆光/対象までの経路に光線の強弱がある条件や、朝夕の金色や青の時間/午前の斜光などは、撮るものに実力以上の下駄を履かせてくれる。晴れた日にはそうした条件が重なるから狙い撃ちしたい。FILMGRABが参考になりそうなのだけれど、映画のスクリーンショットひとつにしても、色合いの再現性を見つけ出すのは難しいものらしかった。画の印象を決めているのは色よりもコントラストや彩度などの階調コントロールにある、らしい。

2021年4月11日(日)

祖父宅から掘ってきた野蒜を、日当たりのよい庭の縁へ一列に植えた。もう一列ほどあってもいいかも。うちで野蒜を採れるようにしたい下心だけれど、祖父宅の植物を少しうちで引き取りたい、という考えもあってのこと。ざっとあと十年は心配いらないとしても、いずれあの屋敷は他の人の手に渡っていくものだろうから。それに、僕なりに祖父母や叔父を思い起こすものが身近に欲しい、ということもあるかもしれない。