2019年7月20日(土)

昼ごろに友達とラーメン屋へ向かう。店の前で順番を待つ他の客らに混じってたむろすることしばし、奥の窓際に座っておすすめのつけ麺と餃子を食す。すぐに止んだ通り雨のあとを歩き、彼の家でうだうだと音楽や映画なんかの話をして、夕方になり帰着。今になって妙に日曜感がある。

2019年7月19日(金)

期日前投票完了。明日はラーメンを食べに行く約束ができた。こういうことを書くと幸薄そうだけれど、カルピスはごく薄いほうが美味しい。ポカリやアクエリアスの位置にカルピスを置いても味わいは遜色ないと思うのだよなあ。

2019年7月18日(木)

ヴェルヌの八十日間世界一周(創元SF文庫)をかじり読みし始めた。もしかしてこれ、日付と時刻がこの調子で刻まれていくのだろうか。

本に関連して相変わらず椎名誠の本を漁っているのだけれど、未読の書籍の底がうっすら見えてきた感じがする。少し前に、これら読み終えたものが積み上がり邪魔になってきたため、ボール箱に詰めたりしていた。読み物の尽きることがない作者だと思っていたから、こうして我に返ってみると、なんらかの予定が半ばを過ぎたかのようなさみしさは、少し。

積ん読は増えていくのだよなあ。好奇心の貯金だと思って古本を集積しているから、減るよりはずっといいけれど。読書習慣のほぼ欠落していた時期が何年間もあったせいで、去年の春あたりからこっち読むことのリハビリに回ってる。それとは別として、ムーミンシリーズを季節に合わせて読み込んでいて、こっちは例年通り。夏のムーミンは光に透明感があってよいね。ちくまは購読切れの通知が来てしまったため、購読を二年ぶん継続しておいた。

2019年7月17日(水)

今日の青空は久しぶりだなー。夕方にうっすら通り雨があった。

祖母と叔父の初盆のために提灯を送ることになり、際物兼呉服店へ入った。長いことこの店はなんだろうと思っていたのだけれど、際物=きわもので季節もの(鯉のぼりやひな人形なども含まれる)かー。提灯売り場は橙と白っぽい柔らかい光に包まれていて、不思議に美しい空間だった。お盆の一ヶ月前な事が影響しているのか、二組ほどの先客がそれぞれ店の人と話したりしている。どうやらかき入れ時の雰囲気だった。提灯に家紋を入れるために時間が掛かるとのことで、二週間ほど先の(友引でない)受渡日が決まった。帰り際、竹と和紙で出来た油引きなうちわの陳列を見かけ、いずれこういうのをゆっくり見に来る機会があればいいなあと思う。

2019年7月16日(火)

夕暮れに蜩とにいにい蝉が鳴く。

一昨日あたりに一粒きゅうり(プチキュー)の収穫の第二弾があったのだった。実にはいくらか酸味があり、味噌をつけてかじると全体の味わいがまろくなってよい感じ。2cmくらいの大きさで収穫すると皮が固くなく食べごろ。春に種を蒔いたボリジはしれっと花を咲かせていた。すっと伸びた姿になんとはなしの明るさがあり、その花の紫がかった青は繊細で、デジタル媒体で表現するのが難しい。

LisnのAlice(アップルティー)とNight in Tunisia(ジャスミン)の焚き合わせが気に入ってる。ルームノートというのか、この甘い余韻が好きなんだよね。たばこ止めちゃったことだし、たまにこれくらいの贅沢はよかろ。同Prizesの漢方の香りとか、PrayerやRhythmといった闇に漂う花の甘さも好み。LisnのラインナップのうちではPortative Organ(香木のミックス)がずっと気になってる。これはストアの会員になれば一本からの購入が出来るようで、そのためだけに入会を検討してもいいかもなあ。

2019年7月15日(月)

ふるさと民話の会が語る、地元/全国に伝わる民話を聴きに行った。うん、いいんじゃない。一時間ほどの口演で、寛いだために途中で眠気が来てしまったのだけれど、上手い具合に手足を動かす機会が設けられていて助かった。へー、うちの菩提寺は意外と歴史があるのか。

虫の音が次第に途切れていくのが感じられました。

メルツェルはまだ暗いうちに目を覚ますと、しばらく物陰を眺めて闇に目を慣らしてから、ハンモックを降りて戸外へ歩いていきました。

川はぴちゃぴちゃと弛みなく流れ、そのおもてに天空のもうひとつの河を映して輝いていました。でも、東の空の端はうっすらと光を帯び、小さな星たちはいとまの支度を始めていたのです。

彼女はまっすぐに腰の辺りまで河に入っていって、生ぬるい黒い水をざばざばと浴び始めました。

わずかな川風がそよぐ岸辺には、やはり涼を求めてきた人々が腰掛けたり、水をすくって身体にかけたりして、それぞれのやり方で一日の最も快適な時間を過ごしているのでした。

流れに体温を逃がしている彼女の前を、小舟が暗がりから滑り出して港を目指し下っていったかと思うと、積み荷を乗せた商船が川面を水車で掻き回しながら遡上していきました。

すっかりその温度に慣れてしまうと、メルツェルは水から上がってシャツの裾を二、三度絞り、再び眠るために宿へ戻っていきました。

そうして、人や物音の気配が川べりにゆったり漂い始めたころ、空は暁を控えて色彩を取り戻し、もうひとつの河は再び訪れる夜へと向かって、静かにその姿を眩ませていくのでした。

2019年7月14日(日)

春にリリースと聞いていたWinampのバージョン6は音沙汰がないなと思い当たり、公式サイトを覗いてみた。が、特にお変わりないみたいだ。

春といえば、いつだったかTwitterで見かけた春泥というインクがとてもいい色をしていて、ああこれはほしいな、使いたい、と思っていたことを思い出した。なんだろ、エルバンのグリヌアージュというインクを学生のころに購入していて、封を切ることもなく見えるところに飾っていたのだけれど、一昨年あたりから開封してわりと使ってる。このグリヌアージュが、春泥を薄くしたようなわずかに青みを帯びた灰色で、公式サイトの説明によれば、嵐の前の海上に見える雲の色だとか。屋上を思い出すこの灰色にはひと頃の痛みが伴っていたのかもね。時の経過のおかげでいまではお気楽に使えるし、空の青色したインクがあってもいいんだよな、なんてさえ思う。それで春泥だけれど、お高い……色彩雫の小びんが減ってないから、そっちを使うのが先か。

2019年7月13日(土)

祖父がお歳暮のさくらんぼを持って行けと電話で言うので貰いに行っていた。けっこう話をした中でどじょうやうぐいを捕る仕掛けの話題になり、その罠の作り方から設置の技術まで、いずれ教えてほしいとなんとなく伝えた。昔はよく捕れたが、ということだ。

NHKR1のらじらー! にて、BGMにNo.9の曲が流れていて笑った。おお、という少しの感動。

友達にグロ耐性無いんだっけ、と聞かれて「ヘルシングがいいとこ」と答えたら、ゴールデンカムイを勧められた。ので、Amazonで少しずつ視聴しているところ。地上波で放送されていたときまばらに観てはいたのだよね。聞くと、二期のラッコ鍋の回が必聴なのだという。僕は必要のない残酷描写というのがとても苦手なのだけれど、この場合は理由があっての表現なんだよなと思うことにして、ただいま五話まで到達した。癒しキャラだと教えられていた脱獄王にボーボボ枠を感じてうすらこわい。

今日上がるはずだったMOMO4号機の打ち上げウィンドウは来週の土曜に設定されたとのこと。

2019年7月12日(金)

ルーズスキンという言葉を知った。猫のお腹の皮が弛んでたぷたぷしていることで、うちの猫がまさしくそれだった。猫の特定の種族がそうなりやすいことや、避妊手術でもなるという解説があり、本人は困っていないようだけれどなんでこんな腹が垂れるんだろう、と思っていた謎が解けた。身体の締まった猫に比べると、弛んでいる皮の質感は掴みやすく柔らかく、でろんと転がっているときなどちょっと液体に似た趣があった。

今夜はラジアン聞きながら本を読む。

2019年7月11日(木)

椎名誠の中古本をまた何冊か積んである。

先だって葬儀が割って入ってしまったけれど、自分で使うベッドのマットレスを新調しようとしていた。いま使ってるのは七年か八年物で、厚みがへたってきてるんだもの。オンラインで見つけたものは圧縮梱包という送り方をされてきた。ぎっちり簀巻きにされ小さくなっているマットレスを、梱包を解いて一週間ほど放っておくと元の厚みに戻ります、という。しかし待てども、嵩が減ったままで厚みはたいして戻らない。仕方ないからお店とメールをして返品させてもらった。ニトリのマットレスはちと固い。普通のウレタンで出来ている、横になれば身体が沈むマットレスを探してるのだよねえ。

シグマから出るポケットサイズのフルサイズミラーレスなんてのを読んでいると、いま貯金しつつ狙っている次のボディはペンタックスでなくてもよいのかもな、なんて思う。手持ちのレンズ4本のうち31mmと50mmマクロがフルサイズ対応だから、マウントアダプターを見つけられたらどのメーカーへだって行ける、ってわけではあるんだよね。フルサイズの型落ちでは、α7IIが新品で12万円、EOS 5D Mark IIIとD810が中古でそれぞれ12万円といったところ。

BOOTHで見かけてCDが気に入っていたPitohui Recordsさんの「えるなび!」を読んでいた。架空世界の旅行雑誌という趣向で自由にダウンロードできる。あああ、こういうのすごく楽しそう。すぐに自分でも、手持ちの写真を絵画ぽく加工して二番煎じ的なアレを作れたら、なんて考える。ていうかここでたまに書いている断片ぽい文章は、初めのうちはそれっぽい写真を組み合わせることを前提にしていたんだった。忘れてたな……。

メモ代わりにまた。PhotoshopやLightroomを使った綺麗なフィルター、アクションファイルというのがDeviantArtやPhotographyPLANETほかいろいろで配布/販売されていて、それが写真加工の魔法の核になっている。

カメラ持ってふらふらしているとき、「この風景をこう撮ったら綺麗なんじゃないか」と「創作の素材になるものがほしい」は頭の余裕的にけっこう競合してる気がする。