どこかで最高気温が記録更新されたという猛暑の日。朝からなんとなくいらだちを感じつつお仕事へ行き、察するコミュニケーションを複数求められたことに不快感を抱えつつ、暑いからという周りの勧めもありすこし早めに退勤。あー、これはストレスを感じやすい周期にいる。せっかく自由があることだし、こういうときはもう休みに入ってひとりになるのもよいかもね。雑記(ここはあくまで雑記の場所と言いたい)って些事のディティールに妙味があるんじゃないのみたいな気もするから書くと、古株の女性社員から「女子トイレの水を使っていいから鉢植えの水やり頼むね」と言われそのようにしていたら、じぶんよりすこし前に入社した女性社員から「水は○○か××のを使ってくださいね」と言われた、というのが一件。ストレスの感じやすさに加えて、じぶんのジェンダーアイデンティティも反応しているなーと思う。自認はどっちつかずでいるから前提的に二分されるとげんなりするし、そうしたことに、どこででも遭遇はする。「(古株の)○○さんが言っているならいいと思います」とは言われたけれど、あなたは納得していないのでしょう、と思う。こういうことを詳細に記憶していたいかというと、別にさしたる妙味なんてないのではという気がしてきた。面倒だけれどこだわりはないし、気持ちはわかるし、穏当にやり方を変えるのがよいよ。察するというのは要求と応答の共犯なので、直裁に言ってもらった方がましと嫌気がさした感はある。こういう具合のよくないコンディションのときは内面から毒が湧いており、他者への評も容易に裏返る暗い感情で勝手に疲弊するだけなので、じぶんご苦労と思う。……書くだけ書いたら多少ストレスが抜けた。えらい。あーもうあしたから日曜までお休みにしちゃおうか。がんばらない。数日前に、高校生の頃から使っているダックスシンプソンの革製ペンケース、の取っ手がちぎれた。手元へきてもう長いもんねえ。数年前にはファスナー部が壊れてしまい、そのときはYKKのカスタマーサービスへ頼んで修理していただいたのだった。公式サイトから修理を相談するとして、おなじスペアはないだろうから手ごろなものに交換、ということに……なればいいなー。愛着はあるから使い続けたい。ざっくり検索したらダックスはもうペンケース扱ってなくない? みたいなあんばいでどうなるん。そういえばきょうはもうひとりの従業員で年配のご婦人から「いい子」と呼ばれ、いい子かー……という総体としては若干おもしろ寄りの微妙な気持ち。
2025年8月4日(月)
昨晩未明の就寝から目覚ましをかけず、遅くに起きて仕事へ。心身のコンディションが微妙にすぐれないなかよく頑張りました。頑張らなくてもよいのだけれどね。朝に相対したコンビニの店員がやな感じで、その感じがうっすら尾を引いている。じぶんもつまらないことを大きくしてしまうものだなと思うけれど、それはベースの体調がよろしくないしるしということで、ほどよいところでお布団へいこう。先日の視聴つながりで、Spotifyにて『菊次郎の夏』のアルバムからSummerを聴いている。このアルバムジャケットがすごくびびっとなるなあ。上のほうではまさおくんが手を挙げており、下のほうではビートたけし扮する菊次郎が手を望遠鏡のようにあてがって遠くを眼差している。少年のひと夏の思い出という表向きのテーマからすると、なんかとても鋭利でぎらっとした感じさえする。無軌道な菊次郎のなかの、まさおくんとのあの道中でいまを生きていた=過去と未来を眼差そうとしていた体感、あるいはそれらが眼差せないという空虚さを伴った体感が、このジャケットからひりひりと伝わってくるような気がする。このSummerという音楽は夏の涼しいところに乗って流れてくるようで、これから先の時代はいっそうこの懐かしさや憧れが強く感じられるようになるんだろね。ほんとうに胸が切なさでいっぱいになる曲。
2025年8月3日(日)
注文された作品をヤマト便に出した。いろいろと試行錯誤のあとが分かる感じだろうけれど、これでよし。あとで注文してくださったスタッフさんに連絡を取ろうか、考え中。あんまり長湯したせいで変な時間になっている。ひとまず眠るがよい。
2025年8月2日(土)
なにごともなくおふとんでごろごろ。
2025年8月1日(金)
用事をあれこれ片付けるために朝はいろいろ回ったり。ムーミンの切手を購入。注文いただいてデータを送った作品が印刷所から届いたため、その梱包資材やメッセージ用の便箋類を購入したり、プリンタがインク切れなため納品書をネップリで印刷したり、ほか買いものなど。どうしよう? と試行錯誤しているのはメッセージカード的なそれ。便箋類と、筆記用具と、文面。オンライン越しにひとさまの作品を購入した際に同封されてきたものたちは取ってあるからそれらを参考にするとして、改めて思う、皆さん工夫されてるのだなー。便箋的な紙をどうしようかということで、水彩画用紙のワトソン紙といろいろに使われるアラベール、の生成りぽい色味のをAmazonでポチってみた。ミドリのMD用紙は手元にたくさんあり、これが無難かも。とくに意味もなく蒐集している百均のレターセットは一期一会的な側面があるから、使い続けるには向いていないと思う。こうした物品の選択肢ばかりは都市部に暮らすほうが恩恵を受けるよねえ、べつに出かけていけばよいことなのだけれど、ものぐさなのだな。逆にさして凝ることでもなく、さらっとできたらそれがよいのかもしれない。初めてなので見よう見まねの手探り。今夜は台風が近づく影響で風がざわついており、一晩だけ季節の巡りを早めたかのように異邦の気配がそこかしこに漂っている。あすというかきょうからはまた猛暑であるけれど、今夜のおかげで気分はその先も見はじめつつある、かも。
2025年7月31日(木)
なにごともなかりし日。
2025年7月30日(水)
お仕事をしてうちでのんびり。ベッドでまどろむうちに日付が変わっていた。このままねむる。
2025年7月29日(火)
きのうは書き忘れた。朝早くから炎天下を作業していたためか、疲れて昼休み中にすこし眠ってしまったのだった。それを皆さんが心配して、もう帰りなさい、あしたは暑すぎるから会社命令で休みにする、となったのがきょう。なにもせずに過ぎし日。当初は三日分の仕事を二日で終わらせてそのぶん休もうという目論見だったのだけれど、まあこういうのも頑張りすぎかもしれないし、どのみち時間給なのだし、適度に休んでちょくちょくさぼる、くらいのあんばいでいまはよいのだろう。ともすると気づかずにいることとして、ここしばらくストレスは感じておらず、メンタルの力みもなく平穏。そうなるととくに考えることもしなくなるようで、これは疾患特有の思考のループから楽になっている点では僥倖なのだと思う。やはり身体を動かして植物相手にひとりでする庭師という仕事は健康によいなあ。もっか欠落している意欲や楽しさの感覚については、主治医からはみんなそんなものだよと認識を変えて楽になる提案、担当スタッフさんからは楽しかったことに一日十五分でも触れて取り戻していく方法、を伺った。いまの気分は後者。関係のない話として、ぬいのうちの仔たちがあんまりかわいいので、じぶんをあげてしまいたくなるね。あげる、差し出すってどういうことかよく分からないんだけれどさ。あした行ったら日曜までお休みにすゆ。
2025年7月27日(日)
朝からすこし遠くの直売所へ向かい、喫茶店でしばし過ごしたのち、山のなかの本屋で散財。写真集などが主。うちへ帰ってきてからは車の運転に慣れるためご近所をうろうろしたり、ベランダで焚き火したり、うとうとまどろんだり。車庫入れの際に車体をすこし擦ってしまった。慣れるまでのあいだにまた擦るかもしれないから、もうしばらく試運転して問題がなくなったらこの件は車屋へ連絡する予定。
2025年7月26日(土)
『プロジェクト・ヘイル・メアリー(下)』を読み終えた。じぶんにしてはさくさく読み進められた、おもしろい本だった。どこをどう言及してもネタばれになりそうな気がする。作品の注文が入ったため、印刷所へデータを送ったり、メールの文面を考えて送ったり。
