夕方、お寿司を食べに行った。うん、食欲はあるにはあり、すぐにもうおなかいっぱいとなるね。身体を労るということは、必ずしも身体の欲求全てに応えるということではないのだな。たまに行くその寿司屋でいちばんすきなのは食べているときより、あの粉の緑茶を飲みながらぼんやりしているとき。余韻や幕間、でなければ喫茶店にいるときのそれだけれど、かちっと決まったコーヒーや紅茶ではなく、寿司屋の湯飲みで飲む適当な粉茶だから流れる特有のひととき。あすの面談はやむを得ない事情によりキャンセルとし、そのままハッピーエンドへなだれ込む。エンドのあとに続く日々はまた考えていけばよいよ。おなかはきのうよりは警戒を解いており、できることに取り組んで道筋をつけた自我を褒めたいところ。明朝は元通所先とのやりとりを早めに交わしておきたいから、ほどよいところでおふとんへ。
