地域の作家協会展の最終日にギャラリーを訪問。陶芸から木工、絵画、写真、染色、そのほか幅広い作品の展示が行われていた。この地域でなにかを作っている方々の活動の片鱗が伺えて、なにがというのはむつかしいのだけれど、とてもよかった。なんだろね、そうした方々の存在が分かったことで、物理的な地域と重なる水脈や葉脈のような地図が描かれた、ということだろうか。ひととおり眺めて戻ると、テーブル席で雑談していた作家さん方に招かれ、コーヒーをいただきつつ話に交ぜてもらった。自己紹介する機会などあるかなと持っていったポートフォリオボックスやポストカードはばっちり役に立ち、つぶさに見ていただいて、「エロティック」「抽象的な視点」などの感想をいただいた。連絡先を交換していただいたり、写真家さんを紹介していただけるかもしれなかったり、当のこの作家協会にお試しで入会するかも。こちらを覚えてくださっていたオーナーさんからは、ポストカードにエンボス加工という手もあるよとプレス機を使わせていただけるとのこと。協会の年齢層は高めのようで、じぶんくらいまでの年齢層での在籍(?)となると幾名かだそう。三時間ほどと長居をしたすえお礼をし、帰途へ。途中で豚骨ラーメンを食べた。なんか急に所属する場がまたひとつできそうで、協会で会合などあればいろいろな方々と話ができるかもしれず、それはよいとも悪いともなく、不思議。社会的にはスタンドアローンな存在で長いこと過ごして、それでなんら困るわけもなく好き勝手楽しく過ごせてきただけに、ひととのつながりができるとどうなるんだろうね。未知。思うのは、幸運は準備して待ち構えているひとがすきなのだな、ということ。自信がついたら行動するのではなく行動したぶんが自信になる、みたいな話よね。あるいは、細々としたことを整えているとものごとの流れが滞らなくなり、よい循環へ入っていける、みたいな。こうしたことってここ何日かで身の回りをきっちり掃除/整理したことと、関連というか相関はあるのだろうな。端的に、掃除って流れのありかたを示すものなので。話は変わり、何日か前から仔猫のケージは開け放して、居間と台所は自由に過ごせるようにした。ら、仔猫がなんだかおとなしめになった気がする。閉じ込められているという感覚があったからこそ出してもらえるときには活発だった、あるていど自由になったことで抑圧がなくなり、そのありようも落ち着き寄りになった、ということだとよいのだけれど……。♂は初めてだし、この子はたいへんなやんちゃになるかもとさえ思っていただけに、大きくなるにつれ振る舞いが変化することに対して、ちょっと様子見になっちゃうな。じぶんは仔猫を愛せているだろうか。そういえば仔猫、こちらの肩に乗って過ごすことを覚えた。先代はそうしたことをしなかったから、これはこの子の個性なのかなと思う。うん、こちらはもう眠るのだけれど、階下で運動会してる足音が響いてくる。元気は元気そうね。
