食欲が閉じたままカロリー不足でふらふら。のど風邪の炎症でまだ治りきっていない舌が味覚にダメージを受けているのか、夕餉に食べる年越しそばは味がしないなーと思っていた。退職届を用意しつつ、雇用環境と支援サービスの両者に強いストレスを感じるけれど、身体のコンディション由来の部分は大きそう。こういうときは大晦日だからと総括も意味づけもしなくてよいよ。お風呂に浸かりながら思う。不器用でぽんこつな自我だけれどいままでじぶんをひとりで背負ってきた、背負わざるを得ずそうしてきた、よくやってきたね。体や心の声に耳を傾けるようになったことでそれらとつながり、やっと、自我ひとりでそうする重責から解かれた。体や心は自我よりとてもかしこく、自我には判断や実行をして現実を動かす力があるから、これからは互いに助け合える。過去のそれぞれのじぶんと手を取り共に行くことにしたことでじぶんたちは多層化され、この身体はおなかや背中や心臓というように、この精神は価値観や記憶や情動というように、自身がさまざまな要素からなる生態系や複合体となった。じぶんはひとりでいるときなにより満ち足りている、それはじぶんでじぶんを満たせる幸福をずっと前から手に入れていたということで、多層化や複数化されたじぶんたちはもうさみしくなりようがないだろう。魂やスピリットやダイモーンなどさまざまに呼ばれるもの、じぶんのそれはやっと根を張ることができたのかもね、と思う。じぶんたちがこれからはずっと共にあるということをあらためて思うと、そのうれしさに目が潤むのを感じる。感情も生きているようでなにより。なにも欠けてはいないこと、ここにいるということは満たされているということ、それらを感じられること。状況やフィジカル由来のストレスとは別にそれらの喜びを感じられるのは、おそらく、しっかり身に宿った揺るぎない感覚ゆえに。あたたかいものを手に入れた、そのことを抱いてゆっくり休むとよいよ。
2025年12月30日(火)
朝から買い出しへいって部屋を軽く掃除。気分しんどめだねえ。
2025年12月29日(月)
仕事納めとなりほっとした。交渉はすんなり済み、一月二月は基本お休みということに。帰りはギャラリー兼カフェに立ち寄り、展示を眺めたり、子供たちのためのスペースを拝見したり、コーヒーを注文してほかのお客さんと話したり。そのお客さんに自己紹介としてポストカードをお見せしたら買おうかなと申し出てくださり、でしたらと、持ち合わせていたセットを千円でお買い上げ。好きでつくったものに値がつき売れるということには、それで生きていくことすらできるのではという示唆が降りる点で、特別な意味を感じるのだよね。アラベール製のポストカードとしては最初のお客に、こうしたかたちで出会った。その方は整体師をされているそうで、整体をテーマにした絵本をつくっているというお話を伺った。整体のお仕事としては訪問もされるそうで、向かったお宅の生活空間を見れば家具や家電の配置から察せることもいろいろあるそう。街を歩けば身体の軸がずれているひとの一人や二人には気がつくけれど、そのことで呼び止めるわけにもいかないから、とか。ほかにもあれこれ。そこでしばらく過ごしたのちお礼を言って別れ、Sさんのギャラリーへ向かったところ、お休みしていた。そのままスーパーで買い物をして帰途。ぼんやりしていたら夜も更けていく。先日の、じぶんが一月二月をお休み期間とすることについてスタッフさん方がいったん口にした言葉について、解釈が変わって性格の悪い面白さが浮かんでいる。「それでは社会性がない」だから「その考えは変えましょう」という言葉が正しさとして出てくるのは、みなさんにとっての不安はそうしたことなのだな、という。経験者であれば、それがしたいならこうするとうまくいくよ、もしくはこれをするとうまくいかないから注意だよ、という実行に向けて勘所を押さえたかたちのアドバイスが出てくる。じぶんは早々から脱線してるし、世間で言う失敗や逸脱があいかわらずじぶんをかなり構成しているし、じぶんの選択の結果をじぶんで引き受けることで自由も愚かしさも爽やかさも得たいし、どうレールを外れても日々は訪れるという当たり前さは体感としてある。支援が外れるときがきたら、さみしさもまとめてそのことを抱きしめたらよいよ。なんとなく感じるのは、じぶんの物語を面白がれる生き方がよいよと思い始めていそうだということ。ひとまず要求を通すということはできたし、じぶんの都合で生きたかったら都度こうしていこうね。上段に立ったような言葉を並べた感があるのは、そのときはそれなりにやなツボ押された感じがした、ということなのだろな。気が済んだでしょ。正月明けまで気楽にしていたらよいよ。
2025年12月28日(日)
のんびり。年内最後の燃えるごみ出しはなんとか済ませた。あとで部屋の掃除や片付けなどすることにして、ことしは大掃除とかさして気にしなくてよいでしょう。あすを仕事納めにすること、年明け早々の面談予定の共有、さしあたって一月二月を雪かき以外お休み期間とするための交渉、それがあしたの仕事。予断は許さないよという気持ちと、うまくやって気持ちよく帰っておいでという気持ち。いまふと思い出した、『ムーミン谷の仲間たち』に「目に見えない子」というお話があり、そこでミイがおどおどしているその子に「たたかうってことを覚えないうちは、あんたは自分の顔を持てません」と手厳しく言い放つ場面がある。あれよね、じぶん。どうでもよいけれどこのご時世にたった二文字で間違いなくそれと検索結果がヒットするミイ、存在がつよつよ。緊張を解いたほうがものごとはよいほうへ運ぶもので、もうちょっとだよ。よく眠るがよい。
2025年12月27日(土)
輸入ビール店であれこれ仕入れる。その後、元通所先へ向かい面談。結論から書くと、こちらの動機をしっかり聞き取りして納得してくださり、ほっとした。その方はじぶんの元担当さんでいまはセンター長に就いてらっしゃるのだけれど、なってみたら書類や手続きに追われてばかりで現場に出られない、利用者さんたちと接しているのが楽しいのにこんなはずではみたいな後悔もあるにはあります、とのこと。そういうのちょくちょくこぼしてくださいねとお伝えして、オフレコな愚痴も伺ったりした。きょうというタイミングで気楽なカーディガン姿なので訊ねたら、やっぱり本来はお休みだそう。この方はじぶんも含めひとさまのために苦労と貢献をされてるなー、お疲れさま。よいお年をと言い合って別れ、帰途。うちでは仔猫をレーザーポインターで遊ばせたりしていた。この子は仔猫故か、乳歯が生え替わるまでの辛抱なのか、それとも学習してしまっているのか、気持ちが高ぶると噛み癖がでる。ので、噛んだらもう遊んでもらえないということを教えることにした。しつけ。それなりに分かってはきたようでなるべくセーブしようとしている葛藤はわかる。噛み癖というか、それは表出のかたちであって、基本的にはひとと一緒にいたいんだろうね。夜になり部屋でいっしょに過ごしていたら、こちらの手に跨がりつつも噛みはせずにおとなしくのどを鳴らしていた。そろそろねむたい。
2025年12月26日(金)
定期通院先で処方を受け取りあとはうちで過ごす。夕刻、元通所先から電話がかかってきて、じぶんが雇い主と交渉しようとしているプランについて、提案というのか……それはやめてこういうふうにしませんかと言われ、話がしたいのであす来てくださいとのこと。求めていないことで説得をされるのかなーと思ってストレス感じてる。感じても不毛ではあるけれど、身体が嫌という反応をしているのをもう無視するつもりもないんだよね。
2025年12月25日(木)
三者面談のあと、一月で退職されるかたに餞別としてアラベール製のポストカードのセットを渡し、これからしてみたい旅の話などした。あちらからは、四国お遍路を全てではなくとも辿ってみたいとか、いつか海外も行くことができたら、フランスなどヨーロッパが気になる、などと伺った。じぶんが北海道やバンコクと殻を破って飛びだしていった姿に動かされるものがあったそうで、恐縮だけれど光栄でもあると思ったり。しばし話してお別れした。ポストカードのセットそのものは面談時にいらした方々やとくにお世話になっているかたにもお渡しして、その際にクリスマスプレゼントですねと言われたのだった。ことしはさしてクリスマスに縁がなく、それはそれで気にもならず気楽にしていたから、意図したわけでもなく贈る側へ回ったことに悪い気はしないものだね。うちでは久しぶりに野菜と挽肉のスープを作って食べた。これが身体に力をつけてくれたら。帰ってきてから深夜の今まで、断続的に机の上でまどろんでいた。もうおふとんへいこう。
2025年12月24日(水)
やっとましになってきた。この一週間は固形物を口にしておらず、直近の十日間では5kg痩せていた。ここを読み返してみると、日~火曜日にかけての痛みは表現がかなり抑えめで、筆舌に尽くしがたい痛みだったよと振り返る。薬で炎症が引いても荒れきった粘膜が残っていて、そこを回復するにはなにか食べたほうがよい、けれどそれをすると痛いという。買っておいた惣菜の唐揚げをすこし食べた。このたんぱく質が荒れをなんとかするでしょ。病み上がりなためか、それとも余計なことを考える余裕が出てきたのか、気分的にやや不安定な自覚がある。こういうのは徐々に軌道に乗せて日常へ帰すものなので、急がずに。寝るより休むはなかりけり。夜にはそれなりに静かな気持ちで、坂本龍一『Merry Christmas Mr. Lawrence』を聴いている。もう年末もいいところだから、いまのうち、なるべくなら今週中に済ませておきたいことを書き出したり。あまり人間沙汰に巻き込まれるもんじゃないなとか思いつつ、あすの三者面談のことも考えにはあるものの、今夜はそういうのもうやめて静けさを味わったらあたたかく床に就けばよいのではとか思う。いまはなにかが欠けているわけではない、そのことを思えるなら、よい聖夜。
2025年12月23日(火)
一日じゅうおふとん。夕方くらいからやっと、口内とのどに現実的な感覚が多少戻ってきた。まだまだきつい。あー。
2025年12月22日(月)
朝まではあまりの痛みでよく眠れなかった。仕事をお休みして電話相談のアドバイスに従い耳鼻咽喉科の発熱外来へ。熱はなく、疫病の検査の結果は陰性。細菌感染によるのど風邪らしかった。抗炎症剤や抗菌薬、その他いろいろ処方してもらった。飲むと比較的すぐに痛みは治まっていったけれど、相対的にであり、まだ激痛にもだえながらこれを書いてる。のどの痛みと腫れでむせやすくて文字通り涙目。もう眠ろう。明朝はずっとましになっているはず。
