うちでのんびり。日中、こちらが向かっている机のうえに仔猫がうねうねと寝転がっていた。机のうえにはしょっちゅう飛び乗って仔猫らしく行ったりきたりしているんだけれど、そこで横に長くなって伸びをしたり、おなかを反らせておとなしくしていたのは初めて。たぶん、くつろいで寝ててもよい場所、として認識したんじゃないかな。目の前でそうしたことをされるとかわいくて目を見つめてしまう。夕餉のあとはのんびりとうさぎの子の様子をうかがったり。怒りについて訊ねたら重油のイメージとして伝えてきて、それで汚れた手を観察してる。その姿がこちらのほうでもかわいくて、なんかこちらの胸や上半身のあたりに愛しさのあたたかくふわっとした感じが漂うんだよね。これは安全安心の感覚、腹側迷走神経系が優位に入ったしるしでもあるから、今夜はそのあたたかさをうさぎの子に伝えつつ、おやすみ。ていうかじぶんなりの独特なアプローチという自覚はあり、それで超々ご無沙汰だった腹側迷走神経系のスイッチが実際に入る感覚を味わうあたり、素直にびっくりする。していることは内的な他者としてのじぶんたちとのやりとりや共存で、これはソマティックではなくひたすらイマジナリーな行為なんだけれどさ。こころの動きが身体反応として現れたことで、改めて生きものなのだなーと感じる。
