2020年10月2日(金)

祖父が気に入っていた栗の木には実が全く付いていなかった。いがの落ちた形跡も見当たらない。たまたま通りかかった母と、今年は不作だったのかもと話をする。その流れで、敷地内にいるいとこたちがあさってに引っ越しをすると聞いた。義母を始め彼らは、うちの祖父母から受けてきた仕打ちを根拠に、そうする権利があると考えているんだろう。周りで世話を焼く人たちにまでうっすらした拒絶と無関心で接しているのは、袈裟まで憎いってことなのか、あるいは周りの優しさも針のむしろなのかも知れない。地域との交渉は全て亡き叔父が引き受けていたものね。あの大叔父が転居先への新築祝いを出さないというのは、「つながりはここまで」という意図らしかった。祖父の喪中だからどのみち出せないけれど。僕としては、彼らがそこに生きながらそこからなにも受け取らずに、土地や自然といったものから遊離していったことが、むなしく思える。どこにいても同じというのは見えない牢にいるってことだ。それでもここにいるよりはましなんだろうし、それを引き留める権利は誰にもない。この件はいらいらしてむなしい。冬用の厚ぼったい靴下を買い求めたら一足99円だったので5組買った。リングフィットを合計一時間。食用ほおずきを食べた。パッションフルーツに近いほのかな柑橘の香りがあって甘酸っぱく、食感はブルーべリーに似てる。食べたあと口腔に残る品のよい香りは、方向性としてはいちじくのそれ。思いのほか美味しいものだった。

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