「身に付けた知識は奪われることがない」という文章を見かけ、僕は奪われることのない大切なものに、自分の感覚と感情を据えているなーと思ったりしていた。記憶する方面での学習はこの先延びそうにないから、内面と知覚を育てて安らぎを模索したい。
若干冷える、雨降る日。今日だけで平成最後という言葉をだいぶん見たり聞いたりした。なぜだか大晦日の年越しに似た雰囲気を感じながらも、特に変わり映えすることなく夜が深まっていく。五月の風の匂いに期待してる。
「身に付けた知識は奪われることがない」という文章を見かけ、僕は奪われることのない大切なものに、自分の感覚と感情を据えているなーと思ったりしていた。記憶する方面での学習はこの先延びそうにないから、内面と知覚を育てて安らぎを模索したい。
若干冷える、雨降る日。今日だけで平成最後という言葉をだいぶん見たり聞いたりした。なぜだか大晦日の年越しに似た雰囲気を感じながらも、特に変わり映えすることなく夜が深まっていく。五月の風の匂いに期待してる。
庭仕事。宵の田舎道にかえるが跳びだしてくるのや、つがいを作って鳴いているのなどを見かける。
二年目のほうのアーティチョークに花芽をいくつか発見。
日がな颪のごとき強風。冷たい。
ルピシアのお茶に一つ、間違えて梱包されていた品があった。本来の茶葉と交換できます? という旨のメールを送ると、それは取り置いて下さい、元の品を送付します、という感じの返事が来た。前から思っていたことだけれど、この企業はイメージとしての梱包に関してはふとっぱらだなー。
風に駈られた雲がひたむきな生命のように夜空を行くのが見えました。
天を別つ光の河が雲や地上を照らし出し、目が慣れてくるに従って、夜空は数限りない星々を湛えてざんざんと輝くのでした。
彼女はテントのそばに腰を下ろして星と雲とを眺めていました。風と砂の奔流が引っ切り無しにテントのすそを煽り、夜の雲たちはその流れに乗って、果てしない沙漠の空をがろんがろんと転がっていきました。
一刻ほど経ったでしょうか、彼女はうつらうつらと微睡むうち、辺りに夜露が降ったのを感じて、ぶるっと身震いしました。そうして彼女はざらつく砂を払うと、よろけるように、炭とお茶の匂いが立ちこめるテントの中へ戻っていったのでした。
種子島新茶である松寿の生仕上げ、これはなんつう旨さだろ。ゆたかみどりも大概うま味を持つけれど、これは水分の含有量の多いのが功を奏しているのか、生々しいうま味といったところ。
髪を切った。街路樹のハナミズキに赤みがかった花が咲いている。
午前まで降り続いた雨に潤う。かえるの合唱に加え、どこかからりんりんと風鈴の音が聞こえる宵。
日暮れ前からぱらぱらと雨が降る。
コツコツと視聴してきた鋼の錬金術師(FULLMETAL ALCHEMISTのほう)を今日で見終えた。
ルピシアだよりに添付されていたダージリン春摘みの案内チラシに、青みという表現が入っている茶葉を見つけた。グームティー農園のものがそれ。
友達の前でアイスボックス(サイダー味)を食べていたところ「そういうシンプルなもの好きだよなー」と言われた。そうかも。彼の飼い猫は以前より一回り痩せていて、身体に痛がる場所があるとのことだった。
今年もおひとりさまで山菜採りへ。目的地の山道は修復されておらず、僕が一番乗りだった。大ぶりなたらの芽が一気に採れるところや、野性の山椒が生えている場所も記憶していたから、わりと効率よくその一帯を周回。去年は四月十六日に採集してちょうどよいタイミングだったけれど、あれは旬の到来が早かったんだなー。コシアブラに関しては今年はもっと遅くて良いくらいだ。
たけのこと野蒜を掘るつもりで、産直で買った草餅を手土産に祖父のところへ立ち寄る。餅とお茶で一服してからあれこれ掘っていると、祖父が山の中で使えと言って、油を差した折りたたみ式のこぎりをくれた。
帰り際、世話になっている美容師さんのお宅に山菜のお裾分けを置いていく。あとから真面目な低い声でお礼の電話が来た。
たらの芽の天ぷらは明日作ることにして、たけのこのバター炒めを食す。