台風を控えた夕暮れの南風に予兆めいたものを感じ、高台から町の景色を眺めていた。久しぶりに眩しかった太陽は既に傾いて、濃い色をした雲のあいだから青空が覗き、それを背にツバメやカラスが風のうねりを乗り越えていく。どの車両も照明を付けている青い薄闇の時間だった。忙しなく市街を流れるその光を見下ろすうち、風景そのものが休息を目指してゆっくりと呼吸しているように思えた。こうして時折目の当たりにし、そのたびにしみじみと不思議に思う。光源を失った薄明の青と家並みや街路に灯る光の対比は、どうしてこうも落ち着くんだろう。暮らしを織りなす人々の思いに近付けるからかも知れない。「うちへ」とか「やすむ」や「ごはん」といった、ごく単純な輪郭ではあるけれど。
病院にて、医師から「その腕ずいぶん日焼けしましたね、なにされてたんですか」と食いつかれた。自分で見ても意外なくらい袖のあたりに濃淡が表れていて、なにしてたっけ、と説明が不明瞭な怪しいひとに。思っているより日なたにいたのだろうか、でもこの梅雨は焼けるほどの陽差しがあったかなあ、なんて謎が複数あったけれど、とりあえず日焼けするのはよいことです、という話に落ち着いた。
いまは青果売り場に桃やぶどうが登場する華やかな時期で、もうじき早生の梨やりんごも並び盛りを迎える。それだけでこの季節が好きだ。種類豊富な実りの様子は見ていて気持ちが解れるし、旬の果物が入り混じったあの甘い匂いを嗅ぐと、今年もこの季節に辿り着けてよかった、と思う。果物に限らず、夏の後半というのは全体的にまとまりがないくせ予兆めいている。『楽しいムーミン一家』は言わずもがな。やまだないとさんの『コーヒーアンドシガレット』は、予感と共に移ろいゆく主人公の季節を映画のように上手に描いていた。この漫画は比較的短い作品で全編フルカラー。お洒落な作品に抵抗ないよという、主に独り身の方にお薦めしたい。ひとりで飲むコーヒーが美味しくなる。
夜と朝は思考の熱が引くから活動しやすくてよいね。震災からこっち、週末のラジアンがわりあいな楽しみで仕方がない。夜更かししてどうでもいい話を聞きながら本を読む、という時間が甘美なのだな。