昨日の夜、ふすまか米ぬかを蒸すもわっとした匂いが近所の農家さんから漂ってきた。しいたけ栽培の培地に使うのだと思う。今年も冬の匂いがやってきた。
買い物ついでに市街を見下ろす城跡の丘へ立ち寄った。葉をすっかり落とした桜の向こうに町並みがよく見える。ベンチに座り、温かい缶コーヒーと地域の風物詩なたい焼きをもそもそ食べながら、風花が舞う薄日の下、しばらくのんびりしていた。この眺望のよいベンチは現在は樹脂製のものに交換されているけれど、以前には塗装された木製だった。その背もたれの部分に、針かなにかの引っ掻き傷で書かれた、短い日記がいくつも残っていたことを思い出す。内容から察するにたぶん、近所の大学受験生の女の子が勉強の息抜きに来ていたんだろう。どういう弾みで文章に気付いたのか忘れたものの、僕がそこを訪れたのは、高校の授業をサボって風景がよく見えるところを探しに来ていたときだ。あのころはただ精神が不安定で窮屈で、校舎の屋上やマンションの階段なんかがひとりで過ごせる気楽な場所になっていた。ベンチの日記は明るい印象の文体で、日付は見つけたときより二年前の受験シーズンだった。こうして振り返って思う、僕は同じ場所で憩う者の痕跡を見つけたことで、そのころの窮屈さが少しばかり紛れただろうな。おそらくその人がそうだったように、僕もどうにか進学先を手に入れ、地元を離れるという経験をした。オチなし。状況はそれなりに変わっているのに、いまも当時と同じく先の見通しはほとんどない。でも、ずっと求めて来た心の安定なら、自分の元にそれとなく引き留められるようになったかなー、と思う。一つところに暮らすことで、風景に記憶が宿っていくこと、そこに人々の生活を思えること、そうすることが時に安らぎを伴うことを、眺めのいい場所へ来るときに実感する。