今日ずっと眠い。祖父から桜の丸太としいたけドリルをもらった。祖父に気付かず申し訳のないことをしてしまった。後日なんか持っていこう。
きのう『ムーミンパパ海へ行く』を読み終えた。そのたびに合点のいく箇所が見つかる気がしてる。島に馴染むのがいちばん後になったムーミンママは、どのあたりでSOSやホームシック解消の徴候を出していたんだろう、なんていうのが今回は気になってた。後者は「だんだんにママは気が大きくなってきて、階段に足音がきこえても、木の幹のうしろにかくれるようなことはしなくなりました。」のタイミングだと思うのだけれど。ママは薪を集めたり絵を描くことを通して、自力で島や灯台との折り合いを付けたんだなー。こうした「誰かと貸し借りの関係を作るでもなく」解決していくムーミン作品のあっさりした感じが好きだよ。漁師とモランが似通った孤独の持ち主として描かれてることも思った。放って置かれ、無関心に晒されることの孤独だ。モランはムーミントロールとの交流のあとはどうしたんだろう。島に残れば心を温める光は毎晩灯るから、夜な夜な灯台を眺めているのかも。ママといえば「まるで毎日が日曜日みたいで、しょっちゅうすべてがかわるのね。これではたしていいのかどうか、わたし、気になりだしたわ。」なんかの、思い出したように曜日の話題が登場するのが分かんないなと思っていた。これってもしかして、過去のムーミン作品を暗示してたりは……しないだろうか。