2018年11月11日(日)

カブのクラッチの操作を覚えるつもりで買い出しなど。そこはかとない年末感を感じ始める。

メルツェルはつるはしを振るう彼女の後ろで、その氷を掘る様子を見ていました。底の知れない暗緑色した氷壁が、つるはしの一振るいごとに、もう色の淡くなった雪片を床に撒き散らすのでした。

「上は風が吹くからね、こうして穴を掘って往き来する」

彼女はメルツェルにそう教えてくれて、またつるはしを振るいました。ひとが通れる穴を地面に掘ることについては、メルツェルだって反対ではなかったのです──なにしろ氷上では、厳しい季節風がびょうびょうとうなりを上げていましたもの。

メルツェルは彼女に言われるがまま、幾度となく、掘り起こした雪氷の欠片を一輪車に乗せて来た道を辿り、それを氷上へ運び出しました。

短い極地の日が水平線下へ消えようかというころ、彼女ははたと振り向いて言いました。

「おや、もう日暮れかい。カンテラをつけてごらんよ」

言われるがままに火を入れると、とたんに氷のトンネルは、翡翠色や橙や紫苑色の、無数の色をしたプリズムで輝きました。そして数限りない氷の表面に、メルツェルの石油カンテラもちらちらと揺れ動くのです。メルツェルはその光の饗宴にしばし見とれました。

「いいでしょ。これが冬の楽しみだよ」

彼女はそう言って、氷窟に見惚れているメルツェルを放っておきながら、一輪車へと氷を掻き上げるのでした。

2018年11月10日(土)

武田百合子『日日雑記』が古本で届く。ちらっと読む。面白そうだ。

ここ一年ほどで面白いひとさまの雑記/日記は、読了/未読含め手元にあるものでこのとおり。石田五郎『天文台日記』、須賀敦子『須賀敦子全集〈第1巻〉』、ダンピア『最新世界周航記 上下』、矢島翠『ヴェネツィア暮らし』、ハンス・カロッサ『ルーマニヤ日記』、そしてトーヴェ・ヤンソン『島暮らしの記録』。

ほかに『すずしろ日記』という読み物が面白いのでは、なんて嗅ぎつけはしたけれど、お値段がそこそこ良いために躊躇してる。

2018年11月8日(木)

スーパーカブの納車日だった。Dioと違い、ギアを自分で変更するタイプになっている。全体の操作を覚えるために近所で馴らし運転をした方が良さそうだ。

BEASTERSの11巻を読む。こういう着地の取り方するんだーという感慨がある一方、続きが気になるところ。もしかして、作中の季節が春になるまでに(進級して)完結するのだろうか。それからトーヴェ・ヤンソン『島暮らしの記録』を読了。岩礁で珈琲を飲むとか僅かな土に薔薇を植えるといった、『ムーミンパパ海へ行く』で断片的に目にしていた記述に気付く。積ん読に『少女ソフィアの夏』が控えてる。

2018年11月3日(土)

友達と市の産業文化祭へ。終始好天のもと、小中学生の作品や菊花の展示、フリーマーケットなんかを見て回った。

その帰り道すがら、ポケモンのブイズのガチャポンを見つけて一度回した。こういうの小学生以来ではないだろうか。グレイシアのラバーマスコットを引く。

そして友達の家にてしばしうだうだしたのち帰路。昔からの園芸店がまだ営業しているようだったのを見つけ、いずれは立ち寄りたいと思う。

2018年11月2日(金)

音楽の好みの話。自分がインストゥルメンタルやフュージョンのような歌詞を持たない曲を比較的好むのって、歌詞に興味が無いからでは、全くないな。その逆でひどく言葉を選り好みしてる。十代くらいで邦楽の洗礼を受けなかったことはたぶん、受け付ける表現の幅を狭めてる理由の一つだ。「君」なんて歌っているのを不用意に耳にすると、必要もなく身構えてしまう。こういう姿勢には心の境界の広さも関係してるんだろう。

そうしていても、好きになれる作品との出会いは尽きることのないところが、音楽のふところの広さだなあ。

暮れ時に立ち寄ったドラッグストアの隅のほうでは、The BanglesのWalk Like an Egyptianのリミックスがちんまりと流れていた。ほのかな年末感がある。

2018年11月1日(木)

少しでも散歩を続けるというのは、気分に加えて身体の調子も整うなあ。

テーブル裏のヒーターを掃除してこたつを出した。ハロウィンが終わったし、これから先の街並みはいそいそとクリスマスへ向かって加速をしていくのだろう。

最近流行りの、ビットコインに振り込め恐喝詐欺のメールが、僕のメールボックスにもやってきていた。そのアドレスは2005年くらいから利用している5MBのフリーメールだったのだけれど放置していて、ようやくパスワードを変えた。Gmailかクローラーにそこのログを拾ってもらってアカウントを削除しても良いかも知れない。

いろいろに読み解ける『ムーミンパパ海へ行く』のテーマを考えてる。家族の再生やムーミン一家の休暇、海との対話といったものが浮かんできたりするし、作者のトーベ・ヤンソンさん的には、ムーミンシリーズに生み出したモランの孤独という課題をここで解決してみせたのではなかろうか……というのは、読み返していた初期の『ムーミン谷の彗星』で「こわがられるとひとりぽっちになる」という趣旨の台詞が出てくるからなのだけれど。そうだとしたらこの手腕は、ただの優しさを超えて一人ひとりを慈しむ感情のように思う。

あのあとのモランはもう海を渡れないだろうけれど、どうしただろうか。島で夜な夜な、灯台守の点ける明かりを見ているのかも。

そういえばこの一年くらいは波の動きが消えるように、頑固な不眠症を自覚せずに済んでいた。十年以上のあいだろくろく眠れないか、眠るために目を閉じている努力が必要だった。この変化は末梢神経の痺れや、慢性的な下痢、冷え性といったものが解消されていることと関連がありそうだ。まあずいぶんな体の使い方したもんね。

明朝の最低気温に3度という予報が出てる。たぶん今季最も冷える。