夜の散歩途中、強い風のなかに甘く鋭い香りがした。あれと思って数歩戻り道の脇を照らすと、すぐに沈丁花が見つかった。とても小さくこんもりとした株ではあったものの、通りすがるだけでそうと分かり人の足を止めてしまうのは、さすがだと思う。松任谷由実さんの『春よ、来い』にも沈丁花が出てくるけれど、歌の季節感は三月くらい(当地基準)だったんだね。歌そのものはもっと早い時期から耳にする印象があっただけに、そうか、前提の季節感がいまくらいなら別れの感覚もしっくりくるなーと、なにかが腑に落ちた。
2022年3月13日(日)
身体の痛みはきょうへ持ち越さずに済んだ。のだけれど、疲れそのものは昼過ぎにどっと出てきて、つい昼寝をするくらいくたくたになった。それでもまた懲りずに、先ほど一時間ちょっとの散歩をしてきた。きちんとストレッチをすれば筋肉痛はかなり緩和できるみたいだなー。歩き方や話し方といった日常の所作に響く部分へ手を入れるつもりで、少しずつ取り組んでいるところ。やはり、必要なことに取り組めているときには、ネガティヴな思考が入り込む余地も少ないのだよね。暖かくなって身体が動くようになったことが功を奏しているのなら、この状態をうまく維持できればよいのかな、と思う。友達からは体調に気をつけてねと気遣ってもらってることだし、ほどよく過ごすつもり。
2022年3月12日(土)
暖かく、風が気持ちよい日。その風を窓から招き入れ、一日じゅう口笛を吹きながら本を読む。夜はジョギングを少しと散歩を二時間ほどして、くたくたに疲れてしまった。ジンと一本満足バーのプロテインヨーグルトを口に入れながらこれ書いてる。うみねこ博物堂さんでポチった小さなアンモナイトの化石がかわいい。「うみねこ新聞」を手に取ってみたかったのだよね。ストレッチしたら眠る準備しよう。ほんと疲れた。
2022年3月11日(金)
ストレッチでの脚の可動域が急に増えた感覚がある。丹念に馴らせば開脚座りの状態で肘が床についたり、もう少しで指先がつま先を経由してかかとに届きそう。脚の可動域というか、上体の曲がり方も深くなってきた感じ。腹筋がほしくて冬のあいだ適当にレッグレイズを続けていたのだけれど、ふとロシアンツイストもやってみたら、とりあえず合計で500回できてしまった。えー。負荷の軽い動きとはいえ楽にできて意外だ。筋肉痛があとからくるかもしれないから様子見する。再開したダイエットはうまく空腹に馴れて体重が下降し始めたし、全体的にいい感じの流れかも。こうしたときこそ調子を崩さないようにしたいところ。
2022年3月10日(木)
オフロに浸かってだらだらしていたら、日付を越えて三時過ぎになっていた。ふらふらしながら湯から上がった、すごく疲れた……。疲れたので眠る。なにやってんだろ。
2022年3月9日(水)
情報誌制作に参加というか見学させてもらった。おもに町内の回覧板で回すためのもので、もっかの取り組みや地域のお得な情報を親しみやすく発信、という感じなのかな。皆さんばしばし作業されていた。今回、自分は特に役立つでもなくそこにいたから、次回以降のために基本的なソフトの扱いくらいは覚えたほうがよさそう。こうしたとき、かつての自分は行動不能なくらいの苦痛や不安感を押さえつけて淀んだ目をしていたんだった、と思い出した。それでさっきふと、学生のころ住んでいた場所をGoogleマップのストリートビューで見てみた。すっかり忘れていた風景や記憶が、なにかから剥がれ落ちるかけらのようによみがえってくる。ごっそり過ぎ去った時間の実感のなさと、そのあちらとこちらで変わらないものも多いことの甘苦さ、それに記憶の不思議さを思う。こんなことができるようになるまでにこれだけ必要だったんだな……。あのころの自分はかなりどうしようもなかったけれど、生を手放さないことについてはぎりぎりの淵で頑張っていたよと、いまになりやっと懐かしく、愛おしく思える。もうすっかり時間が動き出している手応えがあるから、このままでだいじょうぶ。
2022年3月8日(火)
かばんのポケットを整理していたら、トリアゾラム0.25mgが1シート、手つかずのまま入っていた。ずっと前に必要なくなって処方から外れた睡眠導入剤。突然へそくりが出てきたくらいうれしい……。ちょっと苛立つことがあったのだけれど、尊敬できる人たちに肯定してもらえてることを支えにして、自分をよりよくしていけばいいよ。おくすりで喜んでいると説得力が減るけれど。あしたは情報誌制作の見学へ。
2022年3月7日(月)
いつものことであるし、冬場ともなればなおさらだからとあまり書いてこなかったのだけれど、今期もネガティヴな思考がまとわりついて、あたまのリソースをかなり奪われてる。怒りや憎しみといった負の感情は、ろくなものでもないわりに際限なく汲み出せる、コスパだけはよい娯楽だと思ってる。ので、そういったものを思考に癖つけたくはないのだけれどな。原因と対策はいくつか思い当たるものの、そもそも解決するものかどうかは見当つかない。ただ、当座をしのぎながら生存しているうち期せずして解消されたことについては、鬱状態と不眠症で経験してる。過ごした日々がいつか答えになると槇原敬之氏も歌っていることだし、できるだけ周囲にも自分にも振り回されないよう、淡々と前を向いていけたらよいな。……こうやってお行儀のよい結論を出しがちなのは根拠のないポジティブシンキングなんだろうかというのを、自分に対してどうも拭いきれない。疑いをなくしたらいずれ暴走しそうな気もする。はいはい、もうねゆ!
2022年3月6日(日)
祖父の命日を前倒しして、母と墓参りに向かった。ホームセンターではクサソテツの苗などを買う。こごみを採るにはどこへ植えようか。風が強く、山からとばされてきた雪が本降りのように舞った日。なけなしの意欲がいつのまにかまた底をついている気がする……。
2022年3月5日(土)
よく晴れて暖かい日。日がなお布団でうっとりまどろんでいた。日の暮れるころ吹いた強風は春一番とのこと。アーマンディ・アップルブロッサムの苗が届いた。ロシアのウクライナ侵攻の件で、日本は間接的に参戦しているようなものなのかもしれない。というか、そうだね。あす朝は少し早めの墓参りへ向かう予定。もう一段か二段階くらい痩せようか。この歳で綺麗なものを見ると「ああ、綺麗だね」という気持ちがふわっと上がってきてそれきりなのだけれど、小学生や幼稚園生のころであれば、前にも書いたように魔法的な魅了のされ方をしたのだろうと思う。もしかしたら……ほのかな魅了の残滓がアンテナに反応したら、そこを丹念に探るというか反芻すれば、あの感覚はよみがえるかもしれない。自分はときどき、かつて当たり前のように持っていたけれどすっかり損なわれたものを、取り戻そうとしている感じがする。ほとんどのものは取り戻さずともよいもので、なにかに縛られたりせず好き勝手に生きてよいからね。
